連載
□砂上の唄6
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ぼんやりした頭で合わせ鏡の前に立つ。
裸の背中には天使の羽をイメージした刺青が描かれていた。
これは、誰が掘ったのだろう。
そんな事を考えていると、するりと肌触りのよい布が肩にかけられた。
「これは、私が描いたんだよ。綺麗だろう?」
言われるがままに彼は頷く。
じっと自分の姿を見下ろすと、男は彼が着た浴衣を帯でとめているところだった。
この男は、誰だっただろう。
そうは思ったものの、思考はそれ以上動かない。
彼はただぼんやりと立っているだけでされるがままになっている。
男はそんな彼の肩を背後から抱いた。
「おかえり…カイン」
全てはうまくいった、と男は悪笑をうかべる。
全てはこの瞬間のため。
あの日、リヒタルゼンの研究所から命からがら逃げ出してから、ずっとこの時を待っていた。
カインを取り戻すために。
あと少しだった。
あの日邪魔さえ入らなければ、カインのマインドコントロールを実行する事ができたのだ。
数々の実験を行い何人もの子供達がそれに耐えきれず壊れていく中で、最終段階まで来ていた子供の中にカインがいた。
悪魔の子と呼ばれた、黒い髪と赤い瞳。
それに付け加え見るものの心を掴んで離さないこの容姿。
いつしか男はカインに対して、実験体とは言えないような感情を持つようになった。
カインは言わば彼の作品の集大成ともいえる存在になっていたのだ。
「綺麗だよ、カイン…」
整った顎のラインを指先でなぞりながら、カグヤはそう言う。
カインが連れ出された事は自分の希望を失うに等しいダメージだったが、煩い上層部の連中が施設とともに葬られた事によりカグヤはカインを手に入れられることができた。最終的にはよかったのかもしれない。
薬を飲ませて記憶を奪い、その上でマインドコントロールを実行するつもりだった。
一度は抵抗したカインも、薬のせいではそう簡単に記憶がもどるわけではない。
いずれ自分の元へ戻ってくるだろうという算段はついていた。
万事、上手くいったのだ。
「ねぇカグヤ。いつまで人形と遊んでいるつもり?」
そこに突然第三者の声が混じった。
カグヤは音もなくそこに現れた人物に一瞬肩を揺らせたが、薄暗い部屋の片隅に立つその姿を確認してほっと息をつく。
「紅夜さん…脅かさないで下さいよ…」
「人形は出来上がったの?」
寄りかかっていた壁から離れ、紅夜と呼ばれたローグはカインに近寄った。
そしてその頬をゆっくりと撫でる。
カインはぴくりとも動かずに虚ろな視線で宙を見ていた。