連載

□砂上の唄3
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「沙稀・・・」

彼は困惑顔で沙稀を見る。
沙稀は視線だけで話を促せという合図を送った。

「アサシンだったんでしょう・・・?」

おずおずと口を開いた彼は自分はアサシンだったのだろう、と訊いてくる。
何を根拠にそんな事を言うのだろうか。
記憶を無くした時に持っていた装備の所為だろうか。それなら前から感づいているだろう。なにかあったのだ。核心に迫る他の要素が。

「血の、匂いです・・・」

脱ぎ捨てた黒装束は先程洗濯籠の中に入れたばかりだった。
沙稀にはもう気付かないのかもしれない。この部屋には血の匂いが微かに残っていることに。

「懐かしい、匂い・・・」

彼は泣きそうな顔でこめかみを押さえている。頭痛が酷いのだろうか。
沙稀はカップをソーサーに戻すと、小さな溜息をついた。

「そろそろ、他のところに行ったらどうだ」
「・・・」

沙稀の台詞に、プリーストの肩がびくり、と跳ねる。

「・・・俺はお前を知らない」

言われた方も言った方も傷つける、残酷な一言。
だが自分にはどうすることも出来ないのだ。願うことは唯一つ、彼が自然と沙稀の事を思い出すこと。それだけだ。
あくまで沙稀は知らないと突き通すしかない。
不意に、何故自分を忘れたのか、と彼を詰りたくなった。
そんなことをしても仕方がない。だが、以前の彼が沙稀を庇ってこうなったかと思うと言い様のない怒りを感じてしまう。
あの時、彼があんな真似さえしなければこんな事にはならなかったかもしれない。いや、彼があの場でああしていなかったら、今の二人はないかもしれない。
後者を考えれば彼の行動を認めてやらなくてはならないだろう。
沙稀は彼の目を見れなかった。

「・・・そう、ですよね」

プリーストがよわよわしく言う。

「いつまでも、ここにいても迷惑ですよね・・・」

沙稀は奥歯を噛んだ。
こんな台詞を言わせたいわけではない。
ただ、思い出して欲しいだけなのだ。それが叶えば沙稀にはもう欲しいものなどない。
そうでなくても、彼がこうして傍にいてくれるだけでもいいのだ。
だが、結果は自分から彼を突き放すばかりだ。どうすることも出来ない自分が腹立たしい。

「少し、違う場所を見てきたいと思います・・・」
「・・・あぁ」

成す術もなく、生返事を返すことしか出来なかった。



その日のうちに、彼はこの家を去った。
彼が持ち込んだ荷物は殆んどなかったが、唯一大切そうに持っていたジュルとカタールだけがメモ書きと一緒にテーブルの上においてあった。

『自分では使い道がないので、使ってください』

沙稀はメモに目を通し、カタールを手に取った。
火の属性を持つ爆炎のカタール。刻まれた精錬回数は9回。
初めてカインが精錬に使ったものが爆炎のカタールで、精錬回数も同じく9回だったのを思い出す。
ぽたり、とカタールに雫が落ちた。
生暖かい雫が頬を伝っている事に今更ながら気づいてそれを無造作に拭う。
窓の外は茜色に染まっていた。



















END
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