連載

□砂上の唄3
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誰かに腕を引かれ、狭い廊下を走っていた。金色の髪が、暗闇にうっすらと光って見え
る。

前を行く黒い影は道を塞ぐ白衣を纏った人間を、手にした短剣で切り裂きながら走ってい
た。
左手で自分の手を握り締め、右手で剣を振るう。
邪魔だろうに、彼は自分の手を離そうとはしなかった。

走って、立ち止まっては行く手を阻む相手を葬る。
それを繰り返して、やがて見えたのは眩しい景色だった。
電気もないのに、此処は明るい。不思議だった。
剥き出しの足の裏に感じるのは、無機質で冷たい廊下の感触ではない。
みたことのない物が、目の前にはあった。
頬を伝って、何かが流れ落ちる。懐かしい香りがしたような気がした。


「オマエの名前は…」













+ + + 


「……」

東向きの窓から見える空が暁に染まっている。

黒い髪をした青年はゆっくりと上半身を起こした。
その拍子に目からぽたり、と雫が落ちる。
眦に手を当てると、こめかみの辺りが濡れている事に気付いた。

「夢…」

まるで、現実の様に鮮明な夢だった。
握られた手の暖かさが今でも思い出せるかのような、夢。
その夢の中でも自分は泣いていた。
それが「涙」というものとは知らずに泣いていた。

素足を床に降ろす。
ひやりとした無機質の感触。これも夢で感じたものと酷似していた。
現と夢の境が曖昧なまま、彼は部屋を見渡す。
ベッドの他にはソファと、クローゼット、小さなテーブル位しかない。

キッチンの向こう、風呂場からはシャワーの音がする。
この部屋の主が帰っているようだ。
床には脱ぎ捨てられた黒い衣服が落ちている。
それは水分を含んで濡れていた。


鉄錆の臭い―…。

この臭いを、彼はよく知っている。
懐かしささえ感じる臭いだ。

考えないようにしていたのだ、この3年間。
記憶を取り戻そうとするフリをしているものの、無理に思い出そうとせずに何時かふと記
憶が甦るのを待とうと思っていた。
焦らずに。


しかし、モロクに来てこの部屋の主と知り合ってから、彼の中には異常に記憶を取り戻そ
うと躍起になるもう一人の彼が存在するようになった。
通常の自分は常に平常心を保とうと努力をするが、もう一人の彼が焦る。

彼の中の記憶のパーツを刺激するものが多すぎるのだ、此処には。
デジャブに似たものが彼の頭の中を埋めつくし、駆け巡る。

それなのに断片化された記憶のパーツは決して思い出を形成してはくれない。
膨張して行き場を失った情報は、終には頭の中でパンクしてしまう。そうなると酷い頭痛
が彼を襲うのだ。


誰か、誰か助けて欲しい―…。









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