連載

□砂上の唄2
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雑木林の中、カインは思うように言うことを訊かなくなった脚を引き摺って歩いた。
それは最早歩みと呼べるようなものではなかったが、カインは必死に脚を動かした。

「・・・っ」

この辺りが、限界だろうか・・・。
一人でどうにかできるような人数ではなかったから、仕方がないといえばそうなのかもしれない。
普通の人間ならばそうやって諦められたりしないだろうが、カインには生憎そこまで『生きること』に執着心はなかった。
いや、『今までは』そうだった。
自分が生きる意味を見出せる日がくるなど思ってもいなかったが、カインにとっての『生きる意味』とは―・・・。

「沙稀・・・」

自分の中で『絶対的なもの』として存在する人が居る。
何故かは、自分でも分からない。
もしかしたら、あの時自分を助け出してくれたからなのかもしれない。
彼には、初めて心に触れられたような気がするのだ。
それは決して優しさだとか、愛情だとか、そういう意味を持った感情ではなかったが、カインにとってはそれが沙稀への崇拝にも似た感情へと導いた。

以前リヒタルゼンで、起こった悲劇。
自分はその被害者でありながら、生き残った数人の中の一人だ。
拘束具を引き千切って、群がってくる白衣の研究者達を振り払って、初めて外の世界の美しさを目にした時、目から零れた『水』に触れた瞬間ですら、それが意味するものが何であるか感じることも出来なかった。

「・・・・・・っ」

体中が痛みと疲労に悲鳴を上げている。木立を通り抜けた先には道が開けていた。黄昏の夕日がカインの目に優しく微笑みかけるようだ。
視界がぼやけている。
そう、あの時には感じなかった涙の意味。


「・・・貴方に逢えて、本当に嬉しかった・・・」

人を殺める時でさえ、自分は何の感情も持つことが出来ない。
齢15でアサシンクロスになるなど、未だ嘗てなかったことだ。誰もがみな、カインに対しておかしな感情を抱くだろう。
それが同じ生業のアサシンだったとしても。
そんな同業者からの畏怖とも言える目線を感じても、気丈に立っていられたのは、沙稀がいたから。

リヒタルゼンで出逢い、彼が自分の手を引いてくれた時。カインの中で忘れられない記憶だった。
冷たい双眸と、裏腹な手のひらの暖かさを・・・。



ゆっくりと、感覚のない脚を引き摺る。

一陣の風が、吹き抜けた。

開けた道のその先に、道は広がっていない。
あるのはただ、夕闇に景色を奪われた崖の底。

「・・・さようならって、言えばよかったな・・・」

言わないと、誓った言葉。
それさえ言わなければ、また会えると、そんな幼稚な考えでそう言った。
こうなることなど、最初から分かりきっていたのに。
カインは崖の淵に立った。

「逃げられねーぞ。暗殺者!! 動くんじゃねぇ!!」

背後の茂みから現れた男が、言う。

「へへっ、どっちにしろ動けねぇか。その怪我じゃなぁ」

いかにも騎士くずれといったような風貌の男はそう言って笑った。
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