連載
□砂上の唄
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これからやってくるだろう大勢の人間を相手にする事を想像して、沙稀は苛立ちも露に返した。
『安心してください。さようならは、言いませんよ…?』
『当たり前だ。任務は遂行する為にある』
『しかし、無茶な任務ですね…。宝物は奪うが、命は奪わない…か。俺たちの命を何だと思っているんですかね…』
『何が言いたいんだ…』
いつまでたっても結論を言おうとしないカインに、更なる苛立ちが募る。周りには無数の人間の足音が次第に大きく響いてきていた。
『沙稀、……』
『なん…―ッ!?』
すっと伸びたカインの指先が、不意に沙稀の頤をとらえ、その唇へ自分の其れを押し当てる。
柔らかい舌の感覚が沙稀の唇を撫でた。
『―ッカイン!?』
唇が離れる瞬間、手のひらに何かを握らされた沙稀は驚愕の表情を浮かべ、叫ぶ。
見つめたカインの背後には、様々な武器を手にした人間が姿を現している。
『…愛してます…沙稀…』
そう言ったカインは、これ以上にはないと言うほど美しい微笑を浮かべていた。
視界の歪む。
カインの背後に居た人々が一斉に、武器を振り下ろすのが見えた。
『カインッ!!』
喉が裂けるのではないかと思う程の声で彼の名前を呼ぶ。
しかし、そこで視界は暗転し、次に見えた景色は見慣れた砂漠の砂嵐だった。
『……ッ…馬鹿者がっ!!』
手のひらを見つめれば、握り潰された蝶の羽。
懐には、任務遂行の証である、契約の品物。
いつもの様に、任務は遂行した。
だか、いつものように傍で任務遂行を喜ぶ黒髪のアサシンだけが、居なかった。
『……カイン…』
“さよならは、言いませんよ?”
その言葉を信じられるだろうか…。
沙稀はカインを助ける為に急いでアサシンギルドへ帰還した。
だが、その後、カインを見つけ出せたものは居なかった。
† † †
いやな夢を見た。
このプリーストに逢ってから、この夢ばかり見る。
理由はとおに知れていた。このプリーストが、自分がかつて任務をともにこなしていたアサシンにそっくりだからだ。
「……」
ソファの上で寝息を立てているプリーストに視線を遣る。
ただ、そっくりだというだけで、同居するに至る理由になるだろうか。沙稀にはもっと気に掛かることがあった。
このプリーストには、記憶が無いのだ。
3年前から、それ以前の記憶が。
「3年前…」
丁度、カインと生き別れ―であって欲しい―になった時期と重なる。
「…何故…忘れているんだ…」
沙稀は眉間に皺を寄せた。
プリーストはすやすやと寝息を立てて、眠っている。
「……」
記憶を失った当初から持っていたものだといっていたが、ジュルとカタール、そして悪魔の羽ヘアバンドに目隠し…その全てが、カインの持ち物と一致していた。