連載

□月光3
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琉稀や沙稀を思っての事だろう。
合わない仕事は無理にしなくてもいい、と言う刹那の意見は有り難かった。

暫くその場で黙祷した後、琉稀はそこから見える教会の2階を見上げた。
記憶が正しければ、その人物はその部屋にいるはずだ。
手を伸ばし、壁に這わせるようにして作られている雨水を流すパイプを掴む。
持ち前の運動神経を生かしてそのまま体を引き寄せ、2階の出窓の下を掴んだ。
成るべく音が発たないように鍵の部分だけを壊すと、そこから手を差し入れて鍵を上げる。
この間片手だけでぶら下がったままだった為若干疲れたが、琉稀は楽に室内へと踏み入った。

月明かりに照らされた窓辺に、夜風が吹き込んでカーテンを揺らしている。
琉稀は足音を発てずに、眠りに就いているだろう人物に近寄った。





幼いい頃、琉稀は半年ほどここで過ごしたことがある。
その時に一目惚れしてしまったのが、赤い髪の『女の子』。
琉稀はその後直ぐに沙稀に連れられてアサシンギルドへ入ってしまったため、もう2度と会うこともないだろうと思っていた。
しかし偶然にもあの時、ゲフェンダンジョンでドラキュラに教われている『彼女』を見付けた。
見間違える筈はない。
少し外に跳ねた癖のある鮮やかな赤い髪。黒目勝ちで大きな眼。
アコライトの格好をした、『彼女』。
本当は一人でドラキュラに挑むという試練もやる気がなかった。ともすれば死ぬかもしれない任務は余りにも仕事をしない琉稀への罰とも言えるものだった。一人で勝てる自信もなかったし、どうしたものかと思案していた。
人間の底力と言うものには感心してしまう。
恐らく琉稀が戦う前に、誰かが少し攻撃していたのかめもしれない。でなければ勝つことは出来なかっただろう。

琉稀は振り返り、『彼女』を見た。
支援を掛けてくれた事も、勝利への手助けになった。
しかし、『彼女』は初めて見る人、のような顔で琉稀を見ていた。
発せられた声のトーンはやや低い。
琉稀の胸中に一つの疑問が浮かんだ。人違いだったのだろうか。
だが、遠くから聞こえてきた声にそちらを見れば、これはまた知っている顔だ。確か、リクというブラックスミス。
彼とは露店を通じて何度か会ったこともあるが、彼もまた琉稀が昔教会にいたことには気付いていない。気付いているのは、恐らくアルケミストのカイト位だろう。
リクが、『彼女』の名前を呼んだ。
間違えない、本人だ。
しかし、これはどう考えても―…
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