連載

□砂上の唄5
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ぴりっとした鋭い痛みが突き出した腕に走る。
しかしそんな事に構っている場合ではなかった。
かすり傷程度の裂傷だ。気に止める程のことではない。
相手はただがむしゃらに手にした武器を振り回すだけの雑魚だった。
普段ならこんなミスを犯すわけもないが、頭の隅をちらついていた考え事のせいかもしれない。
「調子悪いんじゃないの?」
始末を付けた後で、共に任務に来ていた男は沙稀の腕を見てそう言った。
視線に吊られてそこへ目をやると、思いの外深かったのか傷口からはぽたぽたと赤い液体が滴り落ちている。
「あぁ、油断した」
「何か考え事?」
傷口に布を巻き付けていると、沙稀の胸中を見破ったかのように男はにやにやと笑いながらそう言った。
「当たり?」
眉間によった皺を、彼は見逃してはくれなかったようだ。
「何、収まったと思ってたけど、まぁた思い出しちゃった?」

何処まで鋭い男だ。
沙稀は諦めたようにため息をつく。
「迷惑をかけた」
任務の最中に余所のことを考えて犯した失態だ。大げさだがこれが原因で致命傷になったなどと言うことにも発展しかねない。
沙稀はそう呟いてその場を離れようと足を動かした。
「なぁんだよ。悩み事なら聞いてやるぜ?」
どうせ相談に乗る気などさらさらないという事くらい、この男を見ていればすぐわかる。
あまり話さない沙稀の愚痴だとか相談だとか、そう言った“面白そうなこと”をこの男は聞きたいだけなのだ。
「お前に話すことはない」
沙稀はキッパリと言い放つ。
「ケッ。面白くネェのな」
男は頭の後ろで手を組んで大袈裟な溜息をついた。

この男とは、沙稀がカインに出会う前――沙稀がまだ20歳そこらの時だ――によく一緒に任務をこなしていた相手だ。名前は朔夜という。

カインがアサシンクロスに転職してからは滅多に同じ任務に就くことはなくなったが、こうして沙稀がまた一人に戻ってからはよくコンビを組むようになっていた。
だから、知っているのだ。沙稀の精神状態とか、そういった類の事を。





朔夜は前を歩く沙稀の背中を眺めながら思う。
沙稀という男は、どうしようもなく不器用だ。それは他人に思っていることを伝えるのがもの凄く下手くそだ、という意味でだ。
沙稀は元からあまり良く喋るタイプではないし、感情を露にする事も滅多にない。ただ長く一緒にいるとちょっとした表情の変化が読み取れるようになるが、沙稀と打ち解けるのは難しいだろう。
というのも、沙稀自身が無口であるのにも拘らず、初対面の人間には一切心を開こうとしないからだ。

彼が滅多に人に対して心を開くことがないというのは理由がある。一緒に任務をこなす“相棒”の自分は何度も目にしたことがあるが、沙稀が人付き合いを気にするのは“その所為”なのかもしれない。
沙稀は普通の人間とは少し違った特徴を持っている。
初めてそれを目にしたときは驚いた。
なにせ彼の紫色――これも珍しい色だったが――の瞳が真っ赤に変色し、何を言っても聞く耳持たずの状態で手のつけようがなかった。表情も普段より更に無表情になって、少し乱れた呼吸に薄く開いた唇からは尖った牙の様なものまで見え隠れしている。
そのうち沙稀は目の前にいた数十人の“敵”をほんの数分で皆殺しにしてしまった。
これが普段なら『お前強いんだな!』で済む話だったが、それどころではなかった。
沙稀の行動には感嘆するようなものはなく、恐怖すら感じるものがあった。
ゆっくりと沙稀が朔夜のほうを振り返る。
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