☆イベントSS☆
□其々の道〜緋奄×刹那〜
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開けた視界に映ったのは、ぼんやりとしたランタンの光が照らす薄オレンジ色の天井だった。
覚醒しきれない頭でゆっくりと瞬きを繰り返す。
随分、昔の夢を見ていた様な気がした。
内容は上手く思い出せないが、酷く胸を締め付ける様な夢だった。
「…起きたか」
ふと、鼓膜を揺らした声に脳が震える。
視線をそちらに向ければ、ベッドに腰掛けて自分を見下ろしている男と眼があった。
その眼の色に妙なデジャヴを感じる。
「…あぁ…」
タイミングを逃した返事は、酷く乾いた喉から出た掠れた声。
「水飲むか?」
その声に苦笑すると、男はベッドサイドに置いてあった水差しを手に取る。
差し出されたグラスを受け取る為に体を動かそうとしたが、腹部に走った痛みに思わずその動きが止まった。
「う…っ、」
それでも体を起こそうとすると、刹那は緋奄の肩を押さえてそれを遮る。
「…寝てろ」
呆れた様な声で刹那はそう言うと、緋奄に渡そうとしていたグラスに口を付けた。
「…せ、刹那…っ」
何をしようとしているのかなど、言われなくとも分かる。
刹那は口内に水を含んだまま、緋奄の唇に口づけた。
開かれた唇から、少しぬるくなった水が緋奄の口内を潤す。
足りない。
口に出す間もなく、刹那はもう一度グラスに口を付けると、同じ事を繰り返した。
「…もう、大丈夫だ…」
幾度目かの口うつしを受けた後、緋奄は居た堪れなくなり腕で眼元を隠したまま声を絞り出す。
刹那はただ、自分に水を飲ませようとしてした事なのだろう。
そんな事は言われなくとも分かっている。
けれど、それを別のものの様だと勘違いしている自分をこれ以上見られる訳にはいかなった。
このまま抱き寄せて、骨が軋むくらいに抱きしめてしまいたい。
そう思っている自分を、抑えるのに必死だった。
「…しばらく休んでろ」
感情の読み取れない声が言う。
緋奄は腕の影から刹那の様子を窺うが、刹那の表情だけは見る事が出来なかった。
「…部屋に戻るから…」
そう言って踵を返した刹那の腕を、緋奄は自分でも驚くくらいの速さで掴む。
痛みなど、もうどうでもよかった。
「…なんだ」
振り返らずに、刹那が言う。
「…ずっと、ここに居たのか」
「……」
我ながら間の抜けた質問だ。
聞きたい事など山ほどあった。
紅夜はどうしたのかとか、怪我は無いかとか…。
けれども、それをすべて押しのけて出てきたのはこんな問いで、どれだけ自分の事しか考えてないのかと疑われても仕方が無い。
自分が目覚めるまで、傍に居てくれたのか。
それだけが、今一番知りたい事だった。
「目が覚めたンならもういいだろ…」
刹那は振り返らずに、小さな溜息をついてそう言う。
「…よくねぇよ…」
酷く締め付ける様な痛みが、胸に走った。
緋奄は刹那の白く細い腕を引くと、驚くほど軽い体を組み敷いて上からその青紫色の眼を見下ろす。
刹那は薄く笑みを張り付けた様な表情で緋奄を見上げていた。
「そんなに暴れて大丈夫か?」
傷口が開くぜ?
嘲笑の混ざったような声で刹那が言う。
場違いなのはわかってる。
今、刹那がどんな心境なのかは緋奄の予想の範囲内でしかないが、決して穏やかではないだろう。
ずっと追い続けていた男にどどめを指す事は、今回も叶わなかったのだから。
役に立つと、お前の為に何でもすると、そう誓った筈なのに自分はまた何も出来なかった。
そう思えば、緋奄とて悔しくて仕方が無い。
けれど、今は…
「俺が起きるまでずっと、ここにいたんだろ?」
唯その事実だけが、酷く嬉しかった。
不謹慎なのは分かっている。
でももう、止まれそうにはなかった。
「やっぱり、俺はお前が好きだよ刹那」
この言葉が例え刹那を傷つけるものだとしても、緋奄にとっては大切な刹那に向けた唯一の感情だった。
満面の笑みでそう言えば、呆れかえった様な表情で刹那が溜息をつく。
「テメェはとことんめでたい奴だな。たまたま眼が醒める時にここに居ただけだったとしても、妄想だけで満足すんのか」
ただの偶然だったとしてもいい。真実がどうだったとしても。
「あぁ、そんなことどうでもいい。マジ…生きてて良かったわ…またお前に触れる…」
「……」
緋奄はそう言って、刹那の細い体を痛いほど抱きしめた。
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