☆イベントSS☆

□其々の道〜朔夜&緋奄編〜
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「それで隙をついたつもりか?」

あっさりと紫刃を交わし、紅夜は嘲笑を浮かべてそう言った。
完全に押されているのはこちらの方かもしれない。
緋奄は手出しできない自分に苛立つ。

「くそっ…」

緋奄は朔夜に駆け寄ると、即座に支援スキルを掛けた。
決して朔夜は、以前の自分よりも劣っている訳ではない。
むしろ、自分とは正反対の性質で勝っているともいえる。
朔夜の立ち回りは完璧だった。
けれども紅夜はその上を行く。それだけのことだ。

「大丈夫か?」

いつもよりも朔夜の呼吸が荒い。
朔夜の持病の事は緋奄も知っていたが、そろそろ限界かもしれない。
そう思って声を掛けたが、

「だいじょーぶ。まだいけるよ…」

朔夜はそう言って立ち上がると、もう一度武器を握り締めた。

「緋奄、キリエ切らさないで。あとアンフロだから、リカバいらない。ヒールだけ、頼む」
「お前…っ」
「…時間、欲しいでしょ?」
「……っ」

緋奄は朔夜の言わんとしている事がわかり、一瞬驚愕したが、ついで言われた科白に奥歯を噛んだ。
小細工は通用しないと、朔夜は正面攻撃をするつもりだ。
自分の手が緩まれば、朔夜の身が危なくなる。
接近攻撃の得意ではない朔夜にとって、緋奄の支援は命綱の様なものだ。
幸い、紅夜をサポートする人間はいない。
その上この作戦で紅夜を倒す必要はないのだ。
時間さえ稼げればいい。
一番効率の良い時間の稼ぎ方だが、朔夜にとっては諸刃の剣だ。
渋る緋奄に、朔夜が笑う。

「頼んだよ、サブマスター」

そう言って、再び朔夜が地面を蹴った。

「へぇ、正面からくるか」

紅夜と朔夜の間に、凍てつく吹雪の嵐が巻き起こる。
鋭い氷が身を切るのもものとせず、朔夜が腕を伸ばした。

「アンフロか…ハティでも狩るつもりだったのか?」

繰り出された剣撃を避けながら、余裕の紅夜がそう言う。

「そうだね、ハティのがよっぽど楽かもしれない」

そんな紅夜に言い返しながら、朔夜は攻撃の手を緩めなかったが、

「支援が居ると強気になるよなぁ」

紅夜は意味深にそう言うと、朔夜にヒールを掛けていた緋奄に向かってストームガストを発動させた。

「っ!」

突然攻撃の手を向けられた緋奄は、どうする事も出来ずに立っている事しかできない。

「緋奄!」

朔夜は慌てて体勢を変えると、そんな緋奄を突き飛ばし、ストームガストの範囲外に押し出した。

「っ…朔夜!」

てめぇ、何やってんだ!
緋奄の怒鳴り声が響く。
けれども朔夜は、降り注ぐ氷の飛礫を受けてもそれほどダメージを負ってはいない様だった。
しかし―…

「うっ…っぐ、っ」

朔夜は激しく咳き込んだ後、その場に膝を突く。

「おい!」

緋奄は慌ててそれに駆け寄ろうとしたが、紅夜がその前に立ちはだかった。
いよいよ限界だったのだ。
口元を押さえた朔夜の指の隙間から、紅い雫が零れ落ちる。
緋奄は拳を握りしめた。
自分は本当に何も出来なかった、と。

「あーあぁ、大変だねぇ…ここは寒いから余計だなぁ」
「てめぇ…っ!」

可哀そうに、と他人事の様な口調で言いながら紅夜が笑う。
緋奄はぎりっと奥歯を噛みしめた。

「何処の誰に言われたか知らないけどな、プリーストになんか転職するからこうなるんだろ? 昔のアンタだったらそこそこ俺と張り合えたのになぁ〜」

大袈裟な口調で残念だと繰り返す紅夜を、自分はただ見ている事しかできないのか。

「何も言えないってことは図星か?」
「…うるせぇ!」
「お前が傷つくと、刹那が喜ぶだろ?」
「!?」

突然話題をすり替えられ、緋奄は一瞬青くなった。

「ふざけんなよ…」
「ふざけてなんかない。今のお前には逃げ場は無いんだぜ?」

瞬時に移動した紅夜吐息が耳に触れる。
腹部に熱い衝撃が走ったのは、その直後だった。

「ぐ…っ!」

鉄の匂いを含んだ液体が喉をせり上がってくる。
スキルを唱えるような余裕は、何処にもなかった。

「前のアンタだったら、こうやって近付くのも大変だったのに…」

言いながら、紅夜は根元まで差し込んだ短剣を引き抜くと、もう一度緋奄の腹にその切っ先を突き立てる。
声にならない苦痛が、血の塊となって吐き出された。

「…さて、もう一発いっとこうか…、っ」

紅夜が再び短剣を引き抜いた瞬間、その動きが止まる。
ゆっくりと背後を振り向いた紅夜が見たのは、小さなナイフを構える朔夜の姿だった。
毒を塗られたナイフが、紅夜の背に刺さっている。

「ちっ、お前から先に始末してやろうか。どうせもう動けないんだろ?」

解毒出来るだろうに、それをしないのは余裕を見せつけているのだろうか。
口元にベッタリと血を拭った後をつけたまま壁に寄り掛かって、朔夜はもうそこから一歩も動けない。
けれどもその眼は最後まで光を失う事無く紅夜を見据えている。

死ね、と短剣が振り下ろされる瞬間だった。

「っち、」

紅夜は辺りを見渡すと舌打ちをする。

「命拾いしたな。次はお前から殺してやる」

何かを察した紅夜は、そう言い残して蝶を握りつぶした。

はぁ、と詰まっていた息を吐くいて緋奄の方を見れば、腹を押さえたまま壁伝いにこちらに向かって歩いてくる様子が目に飛び込んできた。

「ひ、緋奄…っ、」

お互い動ける様な怪我ではない。
誰からかリザレクションを貰わなければ死んでしまうだろう。
これ以上動くなと、そう声に出そうとしたが、

「リザレクション!」

突然その場に現れた楓によって、復活の呪文が唱えられる。
少しばかり体が軽くなったが、怪我の状態は決していいとは言えなかった。

「紅夜はどうした!?」

楓に次いで駆け寄ってきた刹那にそう聞かれたが、朔夜は力なく首を振る事しかできない。
紅夜は刹那が来た事を悟っていたのだろうか。

「頑張ったんだけど…逃げられちゃった、ごめん」
「………いや、いい。それよりも、手当を」

一瞬の沈黙ののち、刹那はそう言う。
言葉が出せなかった刹那の気持ちは、痛いくらいによくわかった。
自分が居ない間に、もう何度もこんな目にあっているのだ。
悔しさや憎さが押し寄せてきているに違いない。
そんな刹那を案じながらも、先程まで死にそうだった緋奄の方を見れば、どうやら気を失ってしまっている様だった。

「あー…緋奄、大丈夫?」

そう呟くも、自分ももう限界かもしれない。

敵が居なくなったのと、仲間が来てくれた安堵に張りつめていた気が緩む。
朔夜は安息に引きずり込まれるように意識を手放した。











其々の道〜朔夜&緋奄編〜 END
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