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□バレンタイン企画!!vol.2
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「だーっ!!てめぇ邪魔なんだよ!!」
琉稀が包丁でチョコレートを刻んでいると、横でボウルを抱えた緋奄が怒鳴りつけてくる。
「…スイマセン」
どうやら緋奄は琉稀の向こう側に置いてあるブランデーを取りたかったらしい。
少しよけると、緋奄は乱暴にボトルを手に取った。
琉稀はちらり、とその姿を見遣る。
緋奄はエプロンを付けて腕まくりをしているのだが、あまりの似合わなさに笑いがこみ上げてきそうになった。
白いエプロンは所々汚れているし、チョコの付いた手で顔を触ったのか、顔も汚れている。
「マジ、やってらんねぇ…」
そんな琉稀の胸中など全く知らない緋奄は、手にしたブランデーの蓋を開けるとそのまま口元へ運んだ。
ごくごくと半分以上飲み干すと、さらにそれをどぼどぼボウルの中へ。
━うわぁー…━
その様子を見なかった事にしながら、琉稀は再びチョコレートを刻み始めた。
そんなこんなでようやく湯煎にかける準備ができた頃だった。
オーブンの方から盛大な爆発音が響く。
慌ててそちらに視線を送れば、吹っ飛んできたらしいオーブンの扉を見事にキャッチした沙稀がいつもと変わらない表情で立っているのが見えた。
しかし、その無表情な顔にも白い粉の様なものが付いている。
「あ、兄貴…だいじょぶか…?」
余りにも平然とした態度でいる沙稀に向かって琉稀が言う。
「問題ない…」
「…いや、あるだろ…」
さらりと何食わぬ顔で答える沙稀。
琉稀はすかさず突っ込みを入れた。
絶対に焦げまくっているに違いない、とおもったのだが、真っ黒な煙を上げているオーブンから沙稀が取り出したのは、綺麗に膨らんだマフィンだった。
━な、なんでだ!?━
一体何をしたらそうなるんだ。
明らかにおかしい。
「…前に、カインが作ってて…」
作業も中途半端に呆然と沙稀を見つめていれば、ぼそりとそう言われる。
「そん時も爆発したのかよ…」
「いや…してねぇ…」
「おかしーじゃん!!フツーコゲコゲじゃねーの!?」
「あぁ、でも…なんか出来たし、よくね…?」
「よくねーよ!!」
レシピもない上に、見よう見まねで出来るという代物ではない。
うまく出来ないのは頷けるが、爆発した上にうまく出来上がるなど信じられる訳がなかった。
「あー、すげーじゃん沙稀…ナニコレ…ムカつく」
ガッチャガッチャ音を立てながらボウルの中身をかき混ぜている緋奄が、沙稀の背後から声をかける。
そうしてひょいと、トレイに乗せられたマフィンを一つ取り上げた。
「……」
複雑そうな表情で緋奄を見る沙稀。
そんな沙稀の様子などお構いなしに、緋奄はそれを一口かじった。
「…っかった!!」
ガリッと、硬いものかじるような音がする。
その様子を見るともなしに見ていた沙稀は、何事もなかったかのようにトレイの中身をゴミ箱へ運んだのだった。
「兄貴…ドンマイ…」
そう声をかければ、沙稀が背中越しに手を挙げる。
見た目だけは上出来だったんだけどな、と琉稀は苦笑した。
カインなら例え炭化したマフィンだろうがなんだろうが、沙稀の作ったものならきっと何でも食べるんだろうな、と思いながら湯煎にかけたチョコレートをゆっくりとかき回す。
そんな事を考えながら、ふと視線を上げれば相変わらずボウルの中身をかき回している緋奄の姿が見えた。
「緋奄さんは何作ってンすか…?」
何気なくそう訊くと、
「………」
ぴたり、と緋奄の手が止まる。
無言でボウルの中身を見つめている緋奄に、琉稀の動きも止まってしまった。
なんだ、この空気は。
緋奄がこんな風に黙ってしまうことなど、過去にあっただろうか。
じわじわと嫌な気配が琉稀の背中を伝う。
「…あ、あの…」
何を言ったらいいのかわからずにそう言うと…
「…俺、何作ってんだろ…」
呆然としたように緋奄が呟いた。
緋奄がじっと見つめているボウルの中身を、琉稀は脇から恐る恐る覗き込む。
中身は、茶色い液体だった。
「緋奄さん、何入れたンすか…?」
「…わかんねぇ」
「……」
「……」
そう言えば、先程ブランデーを入れていたような気もするが…
「味見してみたら…?」
琉稀はそう言って緋奄に味見するよう促した。
緋奄は手にしていた泡立て器をぺろりと舐めて苦い顔をする。
美味くなかったのだろうか。
「粉っぽい…」
「…そっ、そうですか…」
言われた言葉に冷や汗がでる。
「まぁ、焼いてみればいいんだろ?」
緋奄はげんなりとした表情で言いながらそれをボウルごとオーブンの中に入れ、沙稀が壊した扉をはめ込んだ。
そんな緋奄に、
「おかしいっすよ」
なんて言葉は言えるわけもなく、琉稀は後ろめたい気分になりながらも再びチョコレートを溶かし始めるしかなかった。
どうなる!?
20090214.>>>>