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□砂上の詩9
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濡れた髪のまま、カインはベッドの上で所在なさそうに座っていた。
落ち着かない様子でただただシーツのしわに視線を落としているだけ。
住み慣れた室内。
記憶をなくした時も、無くす前も知っている沙稀の部屋だ。
けれど、改めてこうしてここに居る事が嬉しくもあり、そしてこれからどうなるのかを想像するとどうしようもなく狼狽してしまう。
今沙稀はシャワーを浴びてるところだが、前なら一緒に入ったりもしたというのに別々に入るというところも、これからの事を気にしてしまう理由になるのかもしれない。
まぁ、一緒に入ったら入ったでいろいろ気まずい事も多々ありそうだというのも一理ある。

「…何考えてんだ、俺は…」

そわそわしすぎて、髪を拭く気にもなれない。
風呂上がりで水分補給をしていなかった所為か喉が渇いている事に気付き、カインはキッチンへと向かった。
グラス一杯の水を飲み干し、ついでに冷水で顔を洗う。

「はぁ…」

落ち着きを取り戻そうと深呼吸をひとつ。
すると、

「風を引くぞ」
「わ!」

背後から声をかけられ、カインは無様な程驚いてしまった。
振り返れば、沙稀が驚いた表情でカインを見ている。

「あ…すいません…びっくりして…」

カインは慌てて取り繕う様にそう言うが、慣れた筈の作り笑いが上手く出来ない。

「…俺の方が驚いたが…」

ふぅ、と溜息をついた沙稀がそう言って、カインと同じように水を口にする。
なんとなく、視線を合わせる事が気恥かしい。
沙稀が半裸でいるのもそわそわする理由の一つだという事は、内緒にしておきたいが。

「…カイン」

不意に名前を呼ばれ、カインは視線だけで沙稀を振り返った。
同時に、ふわりと後ろから抱きしめられる。

「さ、さき…?」

心臓が異常なくらい早鐘を打ち、息が苦しくなりそうだ。

「…そろそろ我慢できないんだが…」
「…っ」

酷く色を含んだ声が、鼓膜を揺らす。
こんな風に求められた事が今までなかったから、どう対応していいの変わらない。
同意を求められる様な前ふりなど…。

「いいか…?」
「……は、い…」

心臓が爆発しそうだ。
頬が異常に火照っている方な気がする。
沙稀はそんなカインをみて微かな笑顔を浮かべた。

「…おいで、カイン」

腕を引かれ、寝室に導かれる。
ベッドの前に立たされ、そのまま抱きしめられて押し倒された。

「わ…っ」

スプリングが体を受け止め、のしかかる沙稀の重みが胸に乗る。
その衝撃も束の間。舌を噛みそうな勢いで口づけられた。

「…っん、っ」

舌先が絡み合い、腰がしびれる様な感覚がじわじわと快感を伝えてくる。

「はっ…、さ、沙稀っ!」

口づけの合間に、カインが先の名前を呼んだ。
沙稀は視線だけで話の先を促す。

「あの…怪我は…?」

そう訊きつつ、沙稀の腹部に視線をやるが、そこにはナイフが刺さっただろう斜めの傷跡が一つあるだけ。それももう治っていると言っても過言ではない。

「…俺は化け物の血を引いてるからな…」

苦笑しながら沙稀が答える。
吸血鬼の、血が流れているから。

「あまり気にするな…あれは、お前の所為じゃないから…」
「…でも」
「…もういいから、焦らさないでくれ」
「!!」

言葉とともに抱きしめられ、かっと頬に血が上った。

「っ…」

舌が首筋を辿り耳の裏側を吸われると、爪先がシーツを掻く。

「ふっ…変わらないな…」
「なにが…」
「ここも、好きだろ…?」
「っ!」

左手を取られ、薬指の付け根を舐められれば、ぞくりと背筋をはい上がる感覚。

「ぁ、…っ」

視線が絡み合ったまま、柔らかな舌先が何度もそこを擽る。
何でもない場所なのに、こうした一つ一つの場所を暴きだされて何度も何度も愛撫を繰り返されたら如何にかなってしまう。
首筋から、肌蹴たバスローブの鎖骨を辿る唇が一つ一つ刻みつける様に紅い鬱血を残していく。

「っ…!」

上がった呼吸に上下する胸元に顔を埋めた沙稀の髪を撫でれば、突起した胸の赤に濡れた舌の感触。
脇腹をなぞる様に降りた掌が、下腹部へ滑り込んできた。
申し訳程度にしか巻きついていない布を掻きわけ、掌がそれを包む。

「…っぁ、っ」

カインは思わず腕で眼を隠した。

「顔を見せろ」

上体を起こした沙稀がその腕を退かしに来る。

「っ…」

言われて眼を開ければ、欲情の色に染まった紅い瞳に囚われてしまった。
感情が高揚したときのみ現れるこの色は、今まさに自分を欲しているという言葉のない証明だった。

「カイン、好きだ…」

そういう言葉とともに、沙稀が笑う。
心臓を鷲摑みにされるとは、この事をいうのか。一瞬呼吸をする事も忘れ、カインはその笑顔に心を奪われた。
しかし、次の瞬間。

「っ…!?」

自分の両足の間に顔を埋めた沙稀の舌先が、敏感な先端に触れる。
その感触に思わず上体を起こしたカインだったが。

「やめてくださっ…沙稀、っぁアッ!」

言葉を繋ぐひまもなく口内へ入ってしまった自身から、脳髄を刺激する快感が背筋を這い上がり思わず口元を押さえる事しかできなかった。

「んっ…っふ…ッ」

髪を掴んで引きはがそうにも、手に力が入らない。
沙稀にそんな事をさせるわけにはいかないと思っているのに…。

「っは…」

舌を出してそこを舐め上げた沙稀と眼が合う。
それだけでもう、達してしまいそうだった。

「痛かったら言え…」

濡れた指先を後孔へ中てられ、カインは慌ててその手を掴んだ。

「待ってくださいっ…自分でしますから…俺も沙稀のを…」

これ以上されるがままになったらあられもない声を上げてしまいそうだと思い、カインは慌てて沙稀の腕を掴んだが、

「…今は…お前だけを感じさせてくれ…」

耳元に押し当てられた唇がそう囁く。
この人は、自分を殺してしまう気だろうか。
あんな事をした自分を、それでも愛してくれるというのか。
優しい手に頭を撫でられて、それだけでもう、陥落してしまう。
ぬるりとした感触が、まだ固い後孔の肉を穿った。
再びベッドに押し倒され、顔を覗きこまれたまま体内を犯す指先に体が跳ねる。
視線が絡まったまま口付けられて、鼻に抜ける様な声が出る。
長い指先が内壁を擦り、けれどあと少し、というところで引き抜かれてしまった。

「はっ…は…」

虚ろな瞳が沙稀の瞳を探す。

「カイン…」

優しい声が、名前を呼んだ。
シーツに投げ出された右手の指に、沙稀の左手の指が絡んで握り締める。
沙稀の紅い眼が、じっとカインを捕らえたまま離さない。

「…っあ、あ、あ、ぅっ」

先程とは質量も熱も違う沙稀が、体内に穿たれる。
広げられる感覚と、熱。
潤んだ瞳から、雫が落ちた。

「大丈夫か…?」

奥深くまで入り切った沙稀が、流れ落ちた涙を唇で拭う。
それにすら感じ入り、全身が泡立つような感覚がした。

「ぁ、っ…う…」

太ももが意図せずに沙稀の腰を摩り、握り締められたてに爪を立ててしまう。
脈打つ感覚までが伝わってくるようで、カインはシーツを握り締めていた左の腕を沙稀の方へと回した。
絡んでいた指が解けて、沙稀の両腕がカインの背中へ回る。
汗ばんだ肌が密着し、穿たれた楔が動き始めた。
欲しがっている自分を見透かされたくないだとか、そんな感情はもういらない。
今はただ、ただ沙稀だけか欲しくて…。

「はっ…ぁ…」

耳元で聞こえる吐息に混じった声。
沙稀が自分の体内で快感を得ているという事を考えただけでも言い様のない感覚が脳を支配する要素になる。
発達した犬歯が首筋に触れた。

「ぃ…っぁ、沙稀…」

皮膚が食い破られる音がする。
その痛みすら、この快感を一層煽るだけだった。

「ぁ、っ…や、め…っ」

血液が吸い出される感覚が与える快楽に、背筋が弓なりに撓る。
抱きしめる腕に力が籠り、カインは思わず沙稀の肩に血が滲むほど爪を立てた。

「っは…ッ」

顔を上げた沙稀の、僅かに開いた口元から2本の牙が見える。汗が頬を伝い、カインの胸に落ちた。
律動が早まり、蓄積された刺激が許容量を超える瞬間も、瞳の奥を見据えたまま。
びくびくと体が痙攣する。
体内から抜け出た沙稀が、崩れる様にカインの上に覆いかぶさった。
抱き合ったまま気だるい余韻に浸り、荒い呼吸が収まるまで…。






「…沙稀、後悔してませんか…?」

カインは汗で湿った沙稀の髪を梳きながら訊く。

「何をだ…?」

胸に耳を当ててカインの心音を聞いていた沙稀が、顔を上げて質問に質問を返した。

「いえ…俺の事を愛してるなんて…」

訊いたカインに、沙稀は眉間に皺を寄せる。

「後悔するなら抱いたりしないが…」

言われた言葉に、御尤もだとカインは苦笑した。

「お前こそ、俺なんかを好きでいいのか…?」

自分は感情にのまれて何をするのかわからない時もあるし、乱暴な事もする。
悪い言い方をすれば、何も知らなかったカインを自分の良い様にしてしまったのは沙稀かもしれないのだ。

「俺は沙稀がいいんです…沙稀を、愛してますから…」

綺麗な微笑みを浮かべて、カインが言う。

「俺も、同じだ…」

そう言って、沙稀は再びカインを抱きしめた。








「カイン…もう二度と俺の傍を離れないでくれ…」

「はい…」


















砂上の詩 END

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