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□青色の狼
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さらりと頬を撫でるこの風が、この場に蟠る血の匂いをかき消してゆく。

さらりと頬を撫でるこの風の様に、朔夜は仕事を終えた。

手にした『裏切り者』という名のカタールを懐に入れておいた紙で拭き、それを手からそっと離せば、また次の風がそれを攫って通り過ぎてゆく。

何も、思うことはない。
そう、これはただの標的だ。
背後から忍び寄り、首筋に刃物を滑らせるだけ。
標的は、声を上げることなく地に倒れた。
恐らく、相手は何も見ることなどなく、何も感じることなく、絶命しただろう。
自分がいつ死んだのかなど覚る暇もなかった筈だ。

人殺しが好きか、と聞かれたら、朔夜は即座にNOと答える。
別に好きでやっている訳ではない。
だが、朔夜は思う。

(死んで当然の人間なんて山ほどいる)

いつからか、そう思うようになっていた。


生き物は、生きるか死ぬかしかない。
生きる上で、犠牲にしなければならないことなど山ほどある。
ただ、その犠牲の出し方にも理由があるだろう。
不必要な犠牲を払えば、不必要な憎悪を生む。
憎悪は憎悪を呼び寄せ、やがては払拭出来ないくらいの憎悪を蔓延らせるのだ。
その前に、その芽を摘むことが出来れば、何かを救うことになるはずだ、と朔夜は考える。
しかし、誰もがその作業を恐れてやらない。
それは、いつしかその芽が自分の足元から這い上がって来るのではないかと思っているから。
人の根は地中でどの様に繋がっているかわからない。報復の眼が自分に向けられることを恐れているのだ。

(全部刈り取ってやる)

例え、それが自分の中で無数に蔓延っていくことになろうとも。

人殺しが好きかと聞かれたら、朔夜は即座にNOと答える。

悲鳴は聞きたくない。
命乞いなど、気が狂いそうだ。

縋りつく仕草を見れば吐き気がする。

芽を摘めばいいのだ。
人を殺すのではない。
だから、朔夜は音もなく標的に忍び寄る。
だから、朔夜は覚られる事もなく標的を消す。
痛みを、恐怖を、感じられる前に。

生き物の命を奪うのは、これ以上はない程に神経をすり減らすから。

何かを守るためには、犠牲を払う必要があるから。








青白い月明かりが辺りをモノクロに映し出す。
自棄にくっきりと地面に描かれた影。
砂漠の夜は酷く冷え込むから、吐く息は白く流れて消えてゆく。

初めて、人を殺したのは12の頃だった。
殺さなければ、殺されていた。
死にたくなかった。
自分が生き残るためには、この犠牲が必要不可欠だったのだ。

相当の理由があれば、朔夜は誰でも殺す。
それが必要不可欠な犠牲ならば。


けれど、いつも、事の後には背後を付きまとう気配を感じてしまう。
足音が、する、気がする。
飲み込まれそうに、なる。
憎悪の蔦が、足元から這い上がってくるような錯覚さえする。

(また、か)

逃げるように、走り去った事もあった。
分かっている。
自分が刈り取ったつもりでいる憎悪の芽が、自分によって更に根を延ばしている事など。
言ってしまえば、切りがない。
延びたらまた切らなければならない。
芽を摘むだけで、根を切り落とす事になっていないのだ。

(でも、俺に出来るのはこれ位しか…)





「酷い顔をしているな」

何でも屋の看板を掲げるG『紺碧の翼』の本拠地はモロクの地下にある。
内部はアサシンギルドとも繋がりがあるが、アサシンギルドにはアサシンしか立ち入ることは出来ない。
朔夜の部屋はアサシンギルド内にあった。




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