+Shot one take!+

□Do not enter the kitchen!
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朝から小さな咳が耳につくとは思っていた。
大丈夫を繰り返したカインが膝を折ったのは、大したことのない任務を終えてからだった。

「…大丈夫か?」

問いかければ、かすれ切った声が答える。

「だいじょうぶです…」

どうにも大丈夫そうに聞こえない。
沙稀は小さなため息をつくと、玄関の壁にもたれるようにして立っていたカインの体をいとも簡単に持ち上げてしまった。

「うわっ! ちょ、ちょっと沙稀っ!?」

沙稀の見た目よりも力強い腕がカインを抱き上げると、カインはうっすらと赤みを帯びていた頬を真っ赤に染め上げて間近にある沙稀の顔を凝視する。

「…暴れるな。黙っていろ」

少しばかり迷惑そうな顔で沙稀は言うので、カインは思わず沙稀の肩口に顔を押しあてておとなしくすることしかできなかった。

「…熱いな…」

ベッドの上に下ろされると、沙稀はカインの額に自分のそれを押し当てて呟く。
沙稀にとっては、ただ熱を比べるためだけの行為なのだろうが、カインにとってはそれどころではないくらいに心臓が早鐘を打った。

「…今日は寝ていろ。夕飯は俺が作る」
「すみません…昨日の残りが鍋に入っているので、温めれば食べられますから…」
「お前は食えるか?」
「はい、大丈夫です…」

ゆっくりと髪をなでた沙稀が、小さく笑って部屋を出ていくのを見送ると、カインはベッドの上に両腕を投げ出して天井を見上げた。

頭がぼーっとして体が重い。
熱のせいだろうか。
食事をして早めに寝ればすぐによくなるだろう。

そう思って少し目を閉じた時だった。

キッチンから物凄い音がしたのは。

「っ!?」

思わず体を起こし、ベッドから降りようとしたのだが―…。

「……なんでもない」

部屋の扉を開けた沙稀が少しばかり焦った様子でそう言いに来る。

「…そ、そうですか? 何か今すごい音が…」
「……寝ていろ」
「は、ハイ…」

なんだか少し様子が変だったような気がするが熱のせいだろうか?
カインはそう思って再びベッドの横になろうとした瞬間、盛大にガラス製品の割れる音が響いてきた。

「っ…!」

そこでようやく、自分はとんでもないことを沙稀に頼んでしまったのだということに気がついた。
職業スキルは同業には決して引けを取らないが、彼が唯一苦手にしているのが料理であるということをすっかり忘れていた。
鍋の中身を温めるくらいは出来るのではないかと思っていたのだが、それもだめだったのだろうか。

カインは重い体でキッチンに足を運ぶと、そこは既に惨劇の様相を醸し出していた。
何故か、鍋の中身が壁に飛び散っている。
床には割れたグラスが飛散していた。

「……なんでも、ないんだ…」
「……」
「いやその…、火が付かなかったから、ちょっとスクロールを…」

うつむき加減でキッチンの惨状を見つめていたカインに、沙稀は思わず言い訳を口にするが―…

「確かにコンロの火が付きにくいのは知ってます。それを言わなかったのは、俺に非があるかもしれませんが、だからといってなんでファイアーウォールのスクロールとか使うんですか!」

カインは思わず、のどが痛いことも忘れて声を荒げてしまった。

「……その他に火を起こす術をしらん」

沙稀は明らかに正論を述べたような口調でそう言う。


「……」
「……」

しばらくの沈黙が流れた後、カインは大きなため息をついた。












「もういいです。俺が作りますから…」
「…食べるものを買ってくるから許してくれ」



I know,you did it for me.


2012/4/3

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