☆イベントSS☆
□バレンタイン2013A
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「そのチョコルチをどうするんだ…?」
腕にチョコルチを抱えたカインの横を歩きながら、沙稀がおもむろに問う。
「そうですね…なんだか倒してしまうのはかわいそうな気がしてきたので…」
「…連れて帰るのか?」
そんなことをして、どうするんだ。という意味を込めて再び沙稀が訊くと、
「ちょっといろいろ調べてみようかと…」
と、少しばかり低い声でカインが言った。
「チィッ!」
悲鳴のような声がチョコルチの口から飛び出す。
「大丈夫ですよ…ちょっと、いろいろ試してみるだけですから…」
怖い。
声が怖い。
琉稀はなんとかカインの腕から抜け出そうとするが、しっかりと抱きかかえられているためにまるで身動きが取れなかった。
これからどうなるんだろうかと考えていると、カインはおもむろにワープポータルの呪文を唱える。
歪みの中を通過すると、そこは見慣れたイズルードの酒場、「LOST HEAVEN」だった。
「いらっしゃいませ〜。でもまだ開店前ですよ〜」
気のない声が沙稀とカイン、そしてチョコルチの琉稀を迎え入れる。
カウンターに寄りかかってそういったのは、青髪の隻眼、朔夜だった。
「ランチ営業始めたって聞いたんですけど…」
「え、ウソ」
何気なくそう言ったカインに手にしたグラスを取り落としそうになった朔夜を見て、沙稀が人知れず吹き出した。
「嘘ですけどね」
「ちょっとww なんでそんな意地悪すんのwww」
冷静に返したカインに、朔夜は盛大に苦笑する。
「カインくんてほんっと俺には冷たいよね〜…」
「そんなことありませんよ?」
「いやあるね。ホント怖いなぁ…」
冷ややかな態度をとるカインに、グラスを口につけながら言い返す朔夜。
「沙稀ちゃんと俺の“昔のカンケイ”が気になるのわかるけどさぁ…俺たちホントにそういうことないから。ねぇ、沙稀ちゃん?」
黙っていればいいものの、それをワザとほじくり返す様なことをするのが朔夜の悪いところだ、と沙稀はため息をつく。
「これといって“特別な関係”はない」
もうこの話はおしまいだ、と言わんばかりに言い捨てて、沙稀はカウンター近くの席に座った。
「…ほら、ね?」
カランとグラスを揺らしながら朔夜がカインに向かっていう。
カインは何も言わずに沙稀の向かいの席に座ると、腕に抱いていたチョコルチをテーブルの上に降ろした。
「なにこれ? チョコルチ?」
朔夜は面白いものを見るかのような目つきでテーブルの上に置かれた琉稀の顔を覗き込む。
「……チ」
じっと灰色の隻眼に見つめられて、琉稀はじりじりと後ずさった。
「……なんか、このチョコルチ…」
後退る琉稀の体をガシッっと掴んで、朔夜はさらに顔を近づける。
「なんか…」
もしや、朔夜には自分のことがわかるのだろうか。
そう思った琉稀はありったけの思いを込めて朔夜の隻眼を見つめ返したが、
「変な顔wwww」
と言って爆笑されただけだった。
そこへティーポットを持った金髪の長身、「LOST HEAVEN」のマスター、ランフィスがやって来る。
「沙稀は、紅茶、アールグレイでいいんだっけ? カインくんはダージリンだよね?」
言いながら、ランフィスは二人の前にテキパキとお茶の準備をし始めた。
「ああ、ありがとう」
沙稀が口元を覆っていたマフラーを外して礼を言うと、カインも微笑んで「ありがとうございます」と言う。
「こちらのチョコルチさんは、チョコレートドリンクでも?」
ランフィスはテーブルの上にいる琉稀の頭を撫でながらそう聞いてきた。
「チーッ!」
そういえば、短い足で走り回ったりした所為で喉が渇いている。
琉稀は短い手を上げてそう返事をすると、ランフィスはにこりと笑って「わかりました」と言いながらカウンターへと戻っていった。
「チョコルチがチョコレートドリンクなんて、なんだか共食いみたいだね…」
なにやら意味深な笑みを浮かべた朔夜が、もう一度琉稀の顔を覗き込んでそう言う。
「そもそも君、本当にチョコレートが好きなのかい…?」
「チ…?」
朔夜の問いかけに、琉稀は首を傾げた。
そうだ、喉が渇いているのにチョコレートドリンクというさらに喉が渇いきそうな飲み物を飲みたがるなど、普段の琉稀からは考えられない。
琉稀は嫌な汗が背中を流れていくような気がした。
「チーッ!!」
思わず琉稀はテーブルを飛び降りてドアを開けて外に出ようとしたが―…
「チィッ!!」
いつもの体と同じように体でドアを開けようとしてドアに体当たりをした挙句、盛大にぶつかって跳ね飛ばされてしまう。
そこにいた三人は思わず吹き出した。
「外に出たいの?ww」
朔夜が笑いをこらえながらそう言ってドアを開けてやると、チョコルチは慌てて隙間から外へと飛び出していく。
「…行っちゃったけど、いいの?」
クスクスと笑っているカインと沙稀を見ながら、朔夜はドアの外を指差した。
「おかしいと思ってたんですよね…あのチョコルチ…ほんとなんか、琉稀さんにそっくりで…」
「あれ、二人ともそう思ってたの?」
朔夜はなぁんだ、と気の抜けたような声を出す。
「なんででしょうかねぇ…本人に見せてあげたいと思ったんですけど…」
「…本人だったりしてww」
面白そうに笑っている三人の元へ、チョコレートドリンクを作り終えたランフィスが帰ってきて、
「あれ、チョコルチさん逃げちゃったのかな?」
と、首を傾げた所為で三人はますます笑ってしまったのだった。
* * *
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