☆イベントSS☆

□其々の道〜沙稀×カイン〜
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部屋に着くなり、沙稀は乱暴にカインをベッドに放った。

「脱げ」

沙稀は紅い眼でじっとカインを見つめながらそう言う。
カインは思わずその眼から視線を逸らせた。
見せたくない。
けれども、沙稀の命令は自分にとっては絶対で、従わない訳にはいかなかった。

「…っ」

カインは、震える指先で服を脱ぎ始める。
正体不明の液体が纏わりつき、ぬらぬらといやらしい光沢をまとった体が露わになった。
沙稀はただじっとそんなカインを見つめている。
カインの体は、先程カグヤによって飲まされた液体の所為で何もしていないのにも拘らず昂っていた。
見られたくない。
カインはその一心で、自分の肩を抱きしめる事しかできなかった。

「……」

沙稀は無言でカインの腕を掴むと、半ば引きずる様に浴室へと連れて行く。
途中何度も足がもつれそうになったが、沙稀はそんな事などに気もくれず、カインを浴室に投げ込んだ。
そして無表情のまま、床に座り込んでいたカインの頭から冷水を浴びせる。

「っ!」

突然の出来事に一瞬息が詰まった。

「…洗え」

乱暴な口調で、沙稀が言う。
その紅い瞳が、まるで汚いものを見るかのような目つきに感じたのはカインが自分をそう思っているからだろうか。
心の奥から悲鳴が上がりそうだった。

すべての汚れが、この水によって流されてしまえばいいのに。
そう思っているのに、体が思うように動かない。
沙稀の眼の前で、一番嫌悪する人間(最早人間とは言えなかったが)に犯された体を清める事が、どれだけの苦痛か。
カインは、震える指先で後孔を穿った。

「っ、ふ…っ」

一度あの得体のしれないものに抉られたそこは、容易にカインの指を飲み込む。
なんて浅ましい体だ。
出来る事ならば、この腕を突っ込んでカグヤが犯した場所をすべて洗い流してしまいたかった。

「……っ」

何を思って、自分は涙を流すのだろう。
汚された事にか。
それとも、それを沙稀に見られた事か。

否、どちらも当てはまらない。
では、どうしてなのか。

自分は沙稀を裏切った。

その思いだけが、カインの心の内側を引っ掻き回しているのだ。

冷たい光を帯びている沙稀の眼を見る事が出来ない。
これは自分へ与えられた罰だ。

「自分の身を切る事で、俺を護ろうとしたつもりか」

シャワーの音に混じって、沙稀の声が浴室に木霊する。

「それで、俺が喜ぶとでも思っていたのか?」

沙稀の言葉に、カインは頭を振る。

「お前は、俺のものだろう? 違うか?」

紅い眼をした沙稀は、幾度となく眼にした事がある。
優しく自分を抱く沙稀も、怒りに我を忘れた沙稀も、同じく紅い眼をしているのだ。
けれども、こんな風に怒りを自分にぶつける沙稀の紅い眼は、見た事が無い。

「俺には、お前が必要だ。お前には…」

沙稀は言葉の途中で言い淀み、眉間に皺を寄せた。

「お前には、俺は必要ないのか…?」

続いた言葉に、カインははっとして顔を上げる。
沙稀の眼は相変わらず深紅の光を宿していたが、何処かそれは悲しそうな色を湛えてカインを見つめていた。
何かを耐える様に歪んだ表情。
カインは噛みしめて白くなってしまった唇を開く。

「俺は…俺には、貴方が…」

必要です、と、声になっただろうか。
嗚咽が込み上げて、言葉にならなかった様な気がする。

沙稀の耳には自分の言葉が届かなかったのだろうか。
シャワーを止めると、沙稀は真新しいタオルでカインの体を拭い、来た時と同じ様に無言でその腕を引いた。

寝室に連れてこられて、ベッドの上に座らされる。
次いで方膝でベッドに乗り上げた沙稀がカインの体を組み敷いた。

「どんな風に触られたか、言え」

冷え切った体のラインをなぞる沙稀の手は、いつもと真逆に温かい。
その感触に、カインの体は内部に燻ぶる感覚を再び燃え上がらせた。

「ま、待ってください、沙稀…俺は…っ」

もっとも嫌悪する男によって飲まされたもので得る快感を煽られる事が苦痛でならない。
ましてやそれが沙稀の手によってもたらされるものと、共にあるなど。

「言え。お前をこのままにはしておけない」

ぎり、と奥歯を噛みしめる様な音が聞こえそうなくらい、沙稀の表情は痛々しい。
沙稀とて、あのような男の手にかかったカインをそのまま放っておけるわけがなかった。

どうしてカインは、いつも自分の事を犠牲にしようとするのだろうか。
沙稀にとってカインは掛替えのない存在で、何があっても手放したくないものだ。
誰にも奪わせないという自信がある。
けれども、カインは自らその命を相手に曝け出してしまうのだ。
もっとも護りたい存在だというのに、それ自身がそうしてしまっていては沙稀にはどうする事も出来ない。
傍に居てやる事が出来なかった自分の浅はかさと、自らの命や体を軽んずるカインに対して酷い憤りを感じ得なかった。

「俺がどんなにお前を大切に思おうとも、お前はそれに答えてくれないのか」

沙稀は痛みを吐く様にそう言うと、カインの胸の上に口づけを落とした。

「ッ沙稀…っ」

カインは汚れた自分に沙稀が触れる事に耐えられずに声をあげるが、体は裏腹にその感触を酷く甘美な悦楽にすり替えてしまう。
沙稀はそんなカインを痛々しい眼で見ながら、

「お前がどうなろうと、お前は俺にとってお前以外の何者でもない」

はっきりと、そう言った。
紅い眼が、カインの心臓を射抜く。







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