☆イベントSS☆

□其々の道〜琉稀×譜迩編〜
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前を行く琉稀の歩調は少しばかり速かった。
リーチの差はどうしようもない事だったが、いつもなら譜迩に合わせて歩いてくれているのに今日はどうしたのだろう。

「ちょ、ちょっと琉稀!」

唯でさえアサシン系は歩くのが早い。
今は速度増加のお陰で譜迩も軽快に脚を進める事が出来るのだが、それでも琉稀に追いつくのには早足にならなければいけなかった。


「…なんだよ」

声が、いつもより少しばかり低い。
譜迩は一発で琉稀の機嫌が悪い事を悟った。

「どうしたの…? 俺、なんか悪いことした?」

心当たりは一切なかったが、それでも一応聞いてみる。
気付かないうちに誤解を招く様な事があったのかもしれない。
その科白を聞いた琉稀が、ピタリと脚を止めた。
思わずその背中にぶつかりそうになった譜迩は、慌てて脚にブレーキを掛ける。
振り返った琉稀の表情は、不機嫌さをそのまま絵に描いた様なものだった。

「…お前、全然気づいてないの?」

さっきまでのことを振り返ってみたが、別にこれと言っておかしな行動は取っていない。
一体自分は何に気付いてないというのだろうか。
譜迩はぐるぐると頭の中で今まで歩いてきた道のりを辿る。

「…かじってもらわなかったのがいけないの?」
「は?」

そして、漸く(というか無理やり)思い出した事を、恐る恐る口に出した。
LOST HEAVENに入る前、緊張しきっていた譜迩をリラックスさせようと琉稀は「かじっておこうか?」と言ったのだ。
それは即ち、血を吸う事によって起こる催眠効果で気分を落ち着かせてやろうか、という意味だったのだが、譜迩は丁重にお断りしたつもりだった。
勿論琉稀もそれについては半分冗談だった。
昼間から人目に着く場所で血を吸うのは琉稀にとってもあまり好ましい事ではない。
例え譜迩から(万に一つもない確率だが)血を吸ってくれと頼まれたとしても断るつもりでいた。

「何言ってんの…? まさか、吸って欲しかったわけ?」

琉稀は呆れかえった様な表情で言う。
そんな琉稀の科白を聞いた譜迩は慌てて否定した。

「ち、違うよ! だって他に悪いことした覚えないから…」

うーっと、小さく唸り声を上げて上目づかいに琉稀を見れば、舌打ちをした琉稀が盛大な溜息をつくところが窺える。
そして「あーもう、面倒くさいなぁ」と、小さな声で呟いた。
ずきりと、譜迩の胸が痛む。
一体自分はどんな悪い事をしたというんだろうか。
悪気などないもなく、むしろハラハラしたりしたのは自分の方だ。
まったく勝手のわからない場所に連れてこられた上に、初対面のギルドメンバーには絡まれるわ険悪な空気に晒されるわ、いい気分だったとは決して言えない。

「琉稀だって、俺が絡まれた時に助けてくれなかったじゃん…」

思わず、不満が口からこぼれた。

「……」

琉稀は無言で、俯いた譜迩を見つめている。
赤い髪に薄らと雪がかかっていた。

「……うるせぇよ、ばかやろう…」

琉稀はそう言って、譜迩の髪に付いた雪を払おうと手を伸ばしたが…

「なんで馬鹿とか言うんだよ!」

譜迩は顔を上げるのと同時に、そんな琉稀の腕を振り払う。
泣きたくもないのに、目頭がぐっと熱くなった。

「不安だったんだよ! 琉稀のギルドはあんまりいい噂とか聞かないし、なんで俺がそんなところに行かなくちゃいけなかったわけ!? 少しは俺の気持ちも考えてくれればいいじゃん!」

不機嫌になられる筋合いなどない。
むしろ、文句を言いたかったのはこちらの方だ。
琉稀はいつだってそうだ、と、譜迩は潤んできた眼を見開いて琉稀を睨む。

「琉稀はいつも自分の事しか考えてないんだ! 俺がどんな気持ちになったか…」

何も考えてない! と、続けようとした瞬間、琉稀が手を上げたのが見えた。
瞬時に、叩かれる、と覚った譜迩は思わず眼を閉じる。

しかし、その衝撃は襲ってこなかった。

恐る恐る眼を開けると、琉稀が苦虫を噛み潰したような表情で俯いているのが見えた。

「…じゃあ、お前は俺の気持ちを考えたのか?」

振り上げた手を降ろした琉稀が、彼にしては自棄に歯切れの悪い口調でそう言う。
譜迩はそんな琉稀の様子を見て、一体彼が何を言っているのか理解に苦しんだ。
琉稀の気持ち、とは一体なんだろうか。

「…わ、わかんないよ…」

自分で言っておいて情けなくなる。
そしてはたと気がついた。
琉稀は、店に入る前に譜迩に気を使ってくれていたのだ。
茶化した様な態度だったが、そんな彼の冗談とも本気ともどっちつかずな言葉が少なからず自分の背中を押す様に感じ取れた気もする。
申し訳ないとは思い始めたが、それならば琉稀の気持ちとは一体何だろう。

ギルドマスターの命令で譜迩を連れて行かなければならなかった琉稀。
きっと、琉稀もその気ではなかったのだろう。
なのに自分はそんな琉稀の気持ちを考えなかったのか。

「ご、ごめん…俺、そういうつもりじゃ…」

琉稀が譜迩の気持ちを何も考えていなかったわけではない、という事は分かった。
けれども…

「…じゃあ、なんで琉稀は怒ってるの…?」
「……」

胸中に浮かんだ疑問を、素直に口に出す。
最初からこうしていればよかったんだと今更になって気付き、余計な言い合いをしてしまったと反省するが、対して琉稀はその質問に眉間の皺を深くして黙り込んでしまった。

「…もう、いい」

そして、琉稀はぼそりとそう言う。
そんな琉稀の態度に、譜迩は居た堪れない気持ちになった。

「言ってくれなきゃわからないよ! いいなら、なんでそんなに怒ってるんだよ!」

御尤もな意見だと、琉稀はがっくりと肩を落とす。
覚られたくは無かったし、言う気もなかったが、どうしても悪態をつかずにはいられなかったのだ。
自分でまいた種だったが、果たしてこれをどうやり過ごそうか。
そればかりが頭の中を巡る。

「あー…もう、いいってば。もう怒ってないし」

結局はそう誤魔化して、くるりと譜迩に背中を向ける事しかできない。
言えるわけがない。
最終的に自分はそれを見ている事しかできなかったのだし、助ける事も出来ずに一方的に機嫌の悪さだけを譜迩に押し付けてしまったのだ。
今更、譜迩の無防備さ故に嫉妬したなどと…。

「なんだよ! 意味わかんない!」
「うるせぇ! お前もう黙ってろ!」

むっと膨れた譜迩ががりがりと頭を掻く琉稀に駆け寄ってくるのを、琉稀は早足で交わした。

「ちょっと待ってよ! ちゃんと説明してよ! なんかすごい理不尽なんだけどー!」

譜迩は先を行く琉稀の背中を追いかけながら怒鳴る。

「あーもー! しつこい奴きらい!」

そう言って、琉稀はもう一度譜迩に向き直った。
譜迩は急に立ち止まった琉稀の行動に、今度は対応できずその胸に思いっきり飛び込む羽目になってしまう。

「うわっ!」

そして琉稀はそのまま譜迩を抱きしめたが、反動で足元が滑りそのまま雪の上に倒れ込んだ。
不覚にも譜迩が琉稀を押し倒す様な形になったわけだが、譜迩は抱きしめられたままなので、琉稀の上に乗っているような状態だ。

「ちょっと、琉稀離して…」

吃驚ている譜迩は早く起き上がろうと身じろぐ。
けれども琉稀はその腕を緩めようとはしなかった。

「少し黙っててよ」
「う…なんで…?」

胸に耳が当たっている所為で、琉稀の声が琉稀の体に響いて耳に届く。
低く掠れる様な声は、まるでベッドの上に居るかのような錯覚を起こし、譜迩はますます居た堪れない心地になった。

「もう少し、こうさせてくんない?」
「…う」

あまり聞く事の出来ない、少し甘えた様な琉稀の声に、譜迩の顔が熱くなってゆく。
心臓がおかしな位早鐘を打った。
対して左耳に聞こえてくる琉稀の心音は穏やかで、余計に自分の体が恥ずかしい。

「も、もういい?」
「だめ」

許しを請うた譜迩の科白をぴしゃりと否定した琉稀の腕が、逃がさないと言わんばかりに力を増す。
譜迩にはもう大人しく腕に閉じ込められる以外に、成すすべは無かった。




+ + +




「…あー…若いっていいねぇ」

そんな二人の様子を、大きな木の陰に隠れながら見ていた楓が呟く。

「…何言ってんだテメェ…こんなデバガメみたいな真似するために俺を連れ出した訳か?」

同じく木陰から顔をのぞかせていた緋奄がじろりと楓を睨みながらそう答えた。
しかし楓は緋奄の質問に答えることなくしゃあしゃあととんでもない科白を言ってのける。

「お前も、ああやって刹那を宥めてやりゃいいんじゃないか?」
「は…? ああすれば刹那もわかってくれるのk…って、てめぇ…刹那の何を知ってやがるってんだ!」

思わず楓の口車に乗りそうになってしまった緋奄は、額に青筋を浮かべて楓の胸倉につかみかかった。

「う〜ん…刹那の事は〜…、俺よりもお前の方が詳しいんじゃないか?」

獰猛な肉食獣の様に眼をぎらつかせる緋奄とは対照的に、しれっとした口調で楓はそう言い返す。
その科白に、緋奄はぐっと詰まった。

「まぁまぁ、アンタは集めるもの集めて、マスターの機嫌を良くすることだけを考えてればいいんじゃねぇか?」
「うるせぇ! 誰がアイツのご機嫌取りみたいな真似するか!」

緋奄は掴んでいた楓の胸元を乱暴に外すと、足取りも荒くおもちゃ工場の方へと進んで行く。

「あーあ、全く扱いやすいのかそうじゃないのかわかんないねぇw」

乱れた襟元を正しながら、楓はそんな緋奄の背中を追いかけた。
途中、二人の姿を振り返り、

「おっと、余計なお世話だったな」

と呟く。
そして、

「ほんと、若いっていいねぇ…」

もう一度呟いて、空を仰いだ。




+ + +





「ねぇ、琉稀…」

もういいでしょ、と同じ科白を繰り返そうと顔を上げた譜迩の頬を、冷たい琉稀の手が挟む。
あまりの冷たさに、うひゃっと変な声が出てしまったが、その瞬間唇に当てられた感触に眼玉が落ちるんじゃないかと思うほど眼を見開く羽目になった。

「…ん〜…っ!」

がっちりと頬を固定され、眼前には顔を斜めに傾かせた琉稀の睫毛が見える。
譜迩は思わず琉稀の服を握り締めた。
それは唇が触れた瞬間から舌を突っ込まれるという荒い口づけ。
これでもかというくらい奥まで、琉稀の舌が入り込んでくる。
舌の根元を擽られ、絡まった舌を吸われて頭がおかしくなりそうだった。

「んんっ…っふ、っ」

不安定な体制では抵抗らしい抵抗も出来ず、譜迩はただ琉稀が解放してくれるのを待つだけだったが、一向に琉稀の口付けは終わりそうにない。
漸く解放される頃には、咳き込んでしまうくらい酸欠になっていた。

「あー、すっきりした」

琉稀はそう言って立ち上がると、服に着いた雪を払う。
そんな琉稀を、座り込んだままの譜迩は恨めしそうに見上げた。

「何言ってるんだよ! ばかっ! 死ぬかと思った!」

顔を真っ赤にして、譜迩が叫ぶ。

「死ぬほど好かった、の間違えじゃない?」

そんな譜迩を見下ろして、琉稀が口角を吊り上げた。
すこぶる意地悪な顔だ。けれども、見ているだけで何も言葉が出てこない。
こんな様子では全くその通りだった、と肯定しているに他ならなかったが、譜迩には何も言い返す事が出来なかったのだ。

「もしかして、腰立たなくなっちゃったの?」

一向に立ちあがろうとしない譜迩に向かって琉稀がそう言う。
その科白に、譜迩の顔が爆発するんじゃないかというくらい真っ赤に染まった。

「ばっ! 馬鹿じゃない!? そんなわけないし…っ!」

完全に図星を指され思わずそう叫ぶと、譜迩は勢いよく立ちあがろうとしたが、足がもつれてその場に尻もちをついてしまう。

「あー…マジで? ごめんねw」

最初から分かっていたくせに、その棒読みの口調が更に譜迩を窮地に追い込んでいく。

「ち、違うっ! これは脚が痺れて…っ」
「へぇ…どうして痺れたのか教えてくれないかなぁ?」
「っ…」

思わず口を突いた言い訳は、ほった穴を更に掘り返す結果にしかならない。
琉稀はにやにやといやらしい笑いを浮かべて譜迩を見ている。
譜迩は居た堪れなくなり、顔を両手で覆う事しかできなかった。
本当に、琉稀は意地悪だ!と、恥ずかしさのあまり泣きそうになる。
琉稀はそんな譜迩を見て一頻り笑うと、目尻に溜まった涙を拭いながら、

「ほら…手」

と、左手を差し出してきた。
譜迩は出来ればその手には頼らずに立ち上がりたいと思ったが、意地を張ってもどうにもならないと思い直し、おずおずとその手に自分の手を乗せる。
グイッと引き寄せられ、ふらつく体はまたもや琉稀の胸に縋る様に抱きついてしまった。

「あぁー…もう、帰りたいなぁ」

琉稀は苦笑しながら、そんな譜迩の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
このまま帰って、譜迩をどうにかしてやりたいという気持ちが頭をもたげてきた。
そんな琉稀の胸中を察して、譜迩は更にもごもごと言い淀む。

「だ、ダメだよ…刹那サンに、集めて来いって言われたじゃん…」

顔を見られたくない譜迩は、額を琉稀の胸に押し当ててそう言うのが精いっぱいだった。

「…何もしないで帰ればどやされるもんな…まぁ、急がなくても後でたっぷり満足させてやるから…」

そんな譜迩の前髪を掻き上げ、琉稀はその顔を覗き込んでわざとらしくそう言う。
分かってはいたが、声に出して行って欲しくなかったのだ。
そんな譜迩の胸の内を見透かした琉稀の態度に、思わず譜迩はその胸を突き飛ばす。

「な、ななな…何言ってんだよぉぉおおおおおッ!!」

譜迩は二人しかいない雪原のど真ん中で、湯気が出そうなほど真っ赤になった顔を何とも言えない表情に歪ませながら叫び声を上げたのだった。









其々の道〜琉稀×譜迩編〜 終。

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