萌の掃き溜め

□10月25日*
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「お前、メシは…」
「そんな暇はない」

思わず訊いた城之内にぴしゃりと言い捨てる海馬。
そしてそのまま立ち上がると、掛けてあった白いスーツを羽織りそのまま城之内の横を通り過ぎようとした。

「何処行くんだよ?」

海馬の態度にカチンときた城之内は、その腕を掴むと真正面から海馬の蒼い瞳を睨みつける。

「これから試運転だ。モクバが確認しておくと言っていたが…」
「ならいいじゃねぇか。飯食う時間くらいあるだろ?」

全く目を合わせずに言う海馬に、城之内の胸の内にはふつふつと怒りが込み上げて来ていた。
このまま従うなら文句はない。そう言う思いを込めて城之内は言う。

「貴様に指図される覚えはない」

しかし海馬の口から出てきたその言葉が、ついに沸点を超す為の溶媒になってしまった。

「てめぇ…いい加減にしろッ!!」

城之内は海馬の腕を引っ張り、そのまま体を椅子の上に座らせると肩を背もたれに押し付けて海馬を睨みつける。

「どんだけモクバに心配かければ気が済むんだよ!? お前が働きっぱなしだからって、どうやったら休んでくれるかって、真剣に考えてたんだぞ!?」

今にも食ってかからんと言うくらいの剣幕で、城之内は怒鳴った。
海馬は驚いた様な表情で城之内を見ている。

「1から10まで全部テメェで見てねぇと気が済まねぇのか!? もう少しモクバの事を信用してやってもいいんじゃねぇか!?」

城之内は勢いに任せて捲し立てた。

「貴様にそんな事を言われる筋合いはない。モクバとて俺の性格は分かっている筈だ。貴様にとやかく言われる筋合いは…」
「じゃあ俺の気持ちはどうなんだよ!!」

海馬の科白を遮って、城之内は怒鳴った。

「俺だってお前に無理して欲しくねぇって思ってんだよ!!」

そう怒鳴ると、海馬は瞬きを忘れた人形のようにじっと城之内を凝視する。
そんな海馬の表情を見て、城之内は自分が何を言ったのか思い返して頬に血が上ってくるのを感じた。
思わず、思わずだ。
勢いに任せて言ってしまった。

『凡骨ごときが良く吠える』だとか、『貴様に言われるなど俺も終わった様なものだ』だとか、返ってくる言葉は容易く想像できる。
だからこそ言わない様にしていた言葉だった。
どうせ馬鹿にされて終わるに決まっている。
城之内は海馬の胸倉を掴んだ手をどうする事も出来ずに、顔を伏せる事しか出来なかった。

「…凡骨」
「なんだよ、凡骨っていうな…」

海馬の声に、思わず反射的にそう答えると、冷えた指先が城之内の首筋に滑り込んでくる。
それにも反射的に肩を竦めれば、頭の上で海馬が吐息だけで笑うのが聞こえた。

「それを言いにわざわざ来たのか」

少しだけ小馬鹿にした様な口調で言いながら、海馬の手が城之内の襟足を擽る。
それには、どう答えていいのか。

「ちげぇよ」

本当は、そんな事が言いたかったわけではない。
何を言ったらいいのか全然考えていなかったが、本来は、本来ならこんな事が言いたかったわけではないんだと思い出す。

「お、おまえ、今日は、た、誕生日だから…」

しどろもどろになりながら、城之内は必死で声を絞り出した。

「……それで?」

続けられない城之内に、先を促す様な声で海馬が言う。
項を滑る冷たい指が、耳の裏辺りを撫でた。

「っ、だ、だから、ッ少しは俺にも祝わせろッ!!」

言って、顔を上げた瞬間だった。
乾いた唇が、叫んだ城之内の唇を塞ぐ。

「!!」

驚いて、思わず口を閉じようとした城之内の歯が海馬の唇を気づ付けた様な気がしたが、海馬はお構いなしにその唇に舌を這わせた。

「っん、っ―ッ!!」

いつの間にか腰に回っていた海馬の腕が、抱きすくめる様に城之内の体を引き寄せる。
同時に深くなった口づけに、腰が震えた。
鼻に抜ける様な声が出る。
何処に体重を預けていいのか分からず、不自然な体制のままの城之内にはお構いなしに、海馬の舌は傍若無人に口内を掻き回した。
僅かに血の味がする。

「っぁ、ふ、っちょ、海馬ッ!!」

やっとの事で体勢を立て直した城之内は、唇が銀糸を引くのも構わずに腕を突っ張った。

「なんだ」

海馬は少しばかり不機嫌そうな様子でそう言う。

「いきなり何すんだよ! お前、唇切れてるからッ!」

先程城之内の歯が当たった場所だろう。海馬の唇の端には口付けに色づいた唇よりも赤い血が滲んでいた。

「ふん。飼い犬に手ならぬ口を噛まれるとはな…」

親指で唇を拭いながら、何が面白いのか海馬は笑いながら城之内を見遣る。

「うるせぇ。お前に飼われた覚えはねぇよ」

その仕草が妙に色っぽく見えて、城之内は思わず目を逸らした。

「どう祝ってくれる?」
「…は?」

海馬の唐突な質問に、城之内は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「先程言っただろう? 俺を祝ってくれるんじゃなかったのか?」
「え、あー…そうだっけ?」

確かにそう言ったかもしれない。けれどもあれは勢い余って口から飛び出してしまった様なもので、実際どうやって祝えばいいのか。
城之内は誤魔化す様に乾いた笑いを浮かべる。

「…ふん。貴様に過剰な期待はしていない」

海馬はそんな城之内を見て、やや興ざめした様な表情で視線を逸らした。

「無駄な時間なら惜しくてたまらないのだが?」

そう言って、机に頬杖をついた海馬が挑戦的な目で城之内を見てくる。

「っ、無駄な時間、だとォ…ッ?」

なんて事を言うのだろうか。
今まで海馬の事を思ってきたものが一気に覆ってしまうような心地だった。
しかも、この態度は非常に城之内の勘に触る。

「ふざけんなよテメェっ!」

ならば、絶対にお前を屈服させてやる。
いつになく強くそう思った城之内は、絶対に海馬が期待していなかった様な事をしてやろうと床に膝をついた。

「…?」
「やめろっつってもやめねぇからなっ」

そう言って、城之内は海馬の両の脚の間に体をねじ込むと、汚れ一つ付いていない白いスラックスのジッパーに手を掛ける。





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