◇Novel◇

□迎春
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「…じゃああと106回ね」

冗談のように言ったその言葉を実行するように、キスを繰り返す。
啄ばむ様なバードキス。
濃厚なフレンチキス。
何度も重ねられる唇。
強引に絡め取られる舌。
絶え間なく降り注ぐキスは、今自分が何をしているのか、何をされているのか、それすらどうでもよくなるほどに甘い。

最後まで絡め伸ばされた舌先から、離れることを惜しむように銀糸が伝う。
美咲の視界に飛び込んだ碓氷の唇はうっすらと赤く染まっていて、それが何を意味するのかを理解した時、美咲はその紅に負けない色彩で頬を染めた。

「ゴメン美咲ちゃん、髪の毛崩れちゃった」

碓氷の大きな手は美咲の後ろ頭に添えられて、合わせられた唇に少しの空間も許さないように強く強く唇を寄せる役割を担っていた。
そのため、綺麗にまとめ上げられていた美咲の髪は乱れ、はらはらと落ちた髪が火照った頬と相まって、なんとも言えぬ艶を醸し出してる。
そんな表情を向けられては理性が持つわけもなく、そんな状態からの脱却を図り、碓氷はそんな風に声をかけたのだ。

「折角可愛くしてもらったのにね」

自分の手によってでない事を少しだけ悔しく思いながら発した碓氷の言葉に、美咲は剥がれてしまった口紅を恥じるように唇を隠し視線を逸らして「馬鹿…」と呟いた。
そんな可愛らしいしぐさは紳士でいようと踏みとどまる碓氷の決意を壊すほどの破壊力で、沸き起こる衝動を止められず、美咲の唇に添えられた手を掴んで外しもう一度キスの雨を存分に降らせた。

何度も交わされる口付けは、いつしか艶が含まれ、お互いの唇にかかる息は熱を帯びていく。

「ちょっ、ちょっと待っ」

先に音を上げた美咲が静止する言葉を発したけれど、その言葉は碓氷の唇に遮られる。
苦しくて、気持ちが良くて。
激しいキスに美咲は思わず声を漏らす。

「ふっ…あっ」

碓氷の耳に届いた、美咲の艶めいた声は碓氷の最後の砦を破壊しにかかる。

しゅるっという帯を解く音が美咲の耳に届き、美咲の意識は夢心地の世界から現実へ舞い戻る。

「ちょっ!いつの間に!碓んっ」

気がつかないうちに解かれた帯留。
美咲の言葉を唇で遮り、キスを続けながら帯をしゅるしゅると解く手際は流石としかいいようの無いほどにいい。

「待てっ、んっ、碓氷、待てってば!」

キスの合間に精一杯言葉にするが、勿論碓氷は聞く耳を持つ気はない。

「心配しなくても着付けなら俺出来るけど?」
「っ!」

着物を一枚一枚剥ぐように、碓氷は美咲の心の着物も剥がしにかかる。

「そんなことも出来るのか!」
「まぁね、年始の挨拶なんかで着物着る機会もあったし、覚えておいて損はないかと思って」

損はしなかったでしょ?と言いた気な表情を、碓氷は美咲に向けた。

「それに、今日は帰らなくても大丈夫なんでしょ?」
「おっおまえなんで知って…」
「紗奈ちゃんからメール来てたよ」

余計なことを…。
確かに着物を着せて貰った後、『お姉ちゃん、誤魔化しておくから泊まってきていいよ。』と耳打ちされたが、『余計なお世話だ』と言葉を返したことは美咲の記憶に新しい。
余計なお世話と言った手前、それに甘えると言うのも正直癪だ。
それをネタにからかわれるのが目に見えてるからだ。

美咲が答えあぐねていると、碓氷が助け舟とも最後通牒とも言える一言を発した。

「嫌?」

嫌…じゃない。
嫌じゃないから、返答に困っているのだ。
一緒にいたいという素直な気持ちと。
嘘をついてしまう罪悪感と。
だから、素直にYesとは言えないのだけれど…。
こんな風に聞かれたら、Noなんて言える訳がないじゃないか。
碓氷はそんな美咲の困惑した表情を見て微笑み、その紅潮した頬に唇を落とす。

「お前は…ズルイ…」
「そう?美咲ちゃんも大概だと思うよ?」

美咲の言葉を了解の言葉と解釈して、碓氷は再び美咲の艶やかに濡れた唇に自分の唇を重ねた。

新年を告げる最後の除夜の鐘が鳴る頃はお互いの温もりの中で。
数えることをやめてしまった抱擁が終わるまで、新年を慶ぶ言葉を口にすることは出来ない。
年越しと同時に発する予定だった美咲がこの言葉を口にしたのは太陽が高く昇ってしまった後であった。
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