◇Novel◇

□愛の真ん中のココロを揺さぶって
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「そういえば、ベッドを買ったんだよ」

そう聞かされた時、心臓がドキリと跳ねた。


「へぇ〜、少しはまともな生活が出来るんじゃないか?」
「ひどくない?それ」

平然を装って続けた言葉は、動揺が隠しきれず声が震えてしまっていた。
「しまった」と思っても、端整な顔を向けてる目の前の男は、きっとこちらの動揺に気が付いたに違いない。
まるで宇宙人のようにこちらの心を見透かす男だ、目を合わせ真意を探ろうとしたところでこの男の本音を引き出せるとは到底思えない。

単なる世間話だと割り切って、話を続けることにした。


放課後に寄ったファストフード店は、高校生でごった返していた。
高校生デートっぽいよね、と嬉しそうに笑顔を向ける碓氷に、そうだな、と笑みを返す。
そんな碓氷の笑顔を見て周りの空気がざわついたのは、私の気のせいでない気がする。
背が高くて見目の良い碓氷は、何処へ行っても注目の的なのだが、本人はどこ吹く風だ。


隣の席に座っている女子高生が「あ、この曲好き〜」とBGMの歌を歌いだす。
カラオケで歌うことすら恥ずかしい私には驚く行動だったが、そういえばさくらもよくゆめみしの歌を口ずさんでいることを思い出した。
割と普通のことなのだと納得しかけた時、チラリと碓氷に目を向けたのが目に入ったので、おそらく碓氷の気を引く意味もあったんだろうと思う。
つくづく罪な男だ。



――コイノ ナカニアル シカクハ シタゴコロ

フレーズが耳に飛び込んで来る。
恋の中にある下心。
恋と言う漢字の中には確かに「したごころ」という部首がある。
シカクがどの意味なのかはわからないのだが、下心は男の本音なんだろうか。
いつも憎らしいくらい余裕で、本音をなかなか見せない碓氷にも、下心はあるんだろうか。
そもそも、こいつの下心ってどんなものなんだろうか。
考えても答えの出ない自問を頭の隅に寄せ、会話に集中する。


「輸入家具屋で購入したよ」

ベッドなんて、激安ホームセンター位でしか売ってるのを見たことない。
激安ホームセンターにこいつが訪れる図が全く想像出来ず、思わず「どこで買ったんだ?」なんて間の抜けた質問をしてしまっていた。

ああ、輸入家具屋、納得がいく。

「結構高かったんじゃないのか?」
「仕方ないよ、足が出るような小さいので寝る気はないし」

否定しないのか。
ベッドの値段なんて想像も付かないのだが、こいつが『高い』と認めたってことはそれなりの値段だったということだろう。
輸入家具は輸送料も入るから、思ったより高くなると聞いたことがある。
値段なんて怖くて聞けやしない。
日本人離れした背の高い碓氷には日本製のベッドは小さいのだろうから、碓氷の台詞は当然と言える。

「足出してソファで寝てるお前が?」
「ベッドで足出るのって意味無くない?」
「まぁ確かに。海外製のってやっぱり日本のと違って大きいものなのか?」

口についてからはっと気づく。
興味深々だと言わんばかりの言葉。
実際、どんなに大きいのだろうかと興味を覚えたからこそ出た台詞だったから、興味があるの?と聞かれるとNOとは言えない。

そう、私は「見に来る?」と言われたら「YES」と応えるしかない状況を作ってしまっていた。
彼氏の家のベッドを見に行く状況なんて、どんな意味を持つのか位私にだってわかる。
かといって「NO」と答えると意識していることがバレバレで、その後に追及されて困る状態になるのは目に見えてる。
どっちにしても逃げ道はない。


なんてことない言葉として流していれば気にする言葉ではなかったのだ。
碓氷だって、なんてことない言葉として捉えているかもしれない。
けれども、私は自分でなんてことない言葉では無いと思ってしまった。
そんな私の心に、この男が気が付かないわけはないのだ。

どんな言葉が返ってくるのか。
心臓はその音が聞こえそうなほどに跳ねている。


「うん、縦にも横にも大きかったりするからね〜。サイズには困らないよ」

涼しい顔して答えるこいつの真意は計り知れない。
逸れたのか、逸らされたのか、とりあえず窮地は脱したらしい。


「そうか、そうだよな」

速いリズムで鼓動を打つ胸をなでおろし、そう答えるのが今の私には精一杯だった。


そういえば、最近の碓氷は私が警戒するような言葉を口にしなくなった。
茶化すような口調での、何もしないよ?とか誘ってる?襲っちゃうよ?とか、そういう言葉をしばらく耳にしていない。
どこまで本気なんだか…と困惑していたものだが、そんな困惑させる言葉を出すことすら無くなっている。
故意なんだろうか。
ふと思ったが、こいつの腹の底は探ったところでつかめるものではない。
だから私はこの件に関しては思考を閉ざすことにした。




ーアイノ マンナカノ ココロヲ ユサブッテ


歌の別サビ部分が耳に届く。
愛の真ん中にある心を揺さぶって。

私の心は揺さぶられてばかりだ。
落ち着くことがない、
落ち着くことが出来ない。
こんな気持ちは知らない。


これが恋愛というものなんだろうか。




碓氷の部屋の寝室の扉はいつも閉じていて、開いたところを見たことがない。
ベッドを目にするためには、その扉を開く必要があるのだが、自分からドアのノブを掴む事など有り得ない。
しかし、こいつの手によって開かれてしまったら、中に促されてしまったら…
私は拒否する術を持っていない。
拒否することなど出来やしないのだ。


鍵のかかっていない”碓氷の”扉。
その扉を開けて促される時はそう遠くないかもしれないけれど。
その扉を開けるのは、もう少しだけ…



もう少しだけ、待って欲しい。







END.  2012.02.28

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