◇Clap text◇

□欲望の痕(手首のキス)
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「鮎沢、今何時?」

そう聞くと、鮎沢は左の手首にはめられた腕時計に目を向け「4時を少し過ぎた所だな」と答えた。
普段腕時計など着用しない鮎沢の、手首の内側にある時計を確認する所作は珍しくて、その一連の動きの滑らかさについ目を奪われた。
残念ながらこの身長差の所為で時計を確認するために軽く下を向いた鮎沢の顔を見ることは出来なかったのだけれど、耳がわずかながら赤くなっているのに気付いたことでその表情がどんなものなのかが想像できた。


「鮎沢、今な…」

「しつこい!さっきから何度聞けば気が済むんだ!!」


紅潮させた顔をこちらに向けて怒りをぶつけてくるのだが、その様子があまりにも可愛くて顔を綻ばせたら「にやけるな!聞いているのか!?」と鬼会長健在の剣幕で怒られた。


他の役員が帰ってしまった二人だけの生徒会室。
周りの目が無くなったから、今まで我慢していたものをぶつけてきたんだろう。
今日一日で何度時間を聞いただろうか。
「時計を見ろ!」とか「携帯があるだろう??」と言われながら、それでも彼女に聞いた理由を彼女は気付いている。


だからこその怒り。
その怒りの中には羞恥の心も含まれていて、その羞恥心を引き出すために俺は何度も時間を聞いて彼女が時計を見るように促しているのだ。


時計の下に隠されたモノ。
確かにアレを隠すには時計が一番自然だと言える。


「時計なんて珍しいからさ〜。美咲ちゃん時計なんて持っていたんだね〜」

「紗奈が懸賞で当てたやつ借りてきた。」

「へぇ、ちょっと見せてよ」

「断る」

取り付くしまもなく、鮎沢はそう突っぱねる。


「え〜、少しくらいいいじゃない。美咲ちゃんのケチ」

「なっ!誰のせいだと思って…」

「うん、俺のせいでしょ?」


素直に認めると、鮎沢はぐっと言葉を詰まらせた。
鮎沢に向かって歩を進めながら、もう一度声を掛けた。


「俺のせいでしょ?わかってるから見せてよ」

「なっ何言ってるんだよ、訳わかんないぞ、お前!」

「美咲ちゃんこそ、俺に見せない理由を言ってないことに気づいてる?」


言質をとられたり、矛盾をツッコまれることに鮎沢は極端に弱い。
狙い通り抵抗らしい抵抗をされず、彼女の左手を手にすることが出来た。


左手で手を取り、右手で時計をはずす。
時計に隠されていた透き通るような白い肌に、くっきりと浮かんだ赤い斑点が現れる。


「時計を見るんじゃなかったのか?」

「うん、時計も見るよ?でもその前に…」


鮎沢の左腕を引き寄せ、昨日付けた赤い斑点の上にもう一度唇を寄せ、その白い肌を吸い込む。


「…っ!」


真っ赤な顔をして息を呑む鮎沢の顔を見ながら左手に時計を戻し「可愛い時計だね」と感想を述べる。
鮎沢は離された左手をすばやく右手で抱え、睨み付けている。


そんな顔したって、頬を真っ赤に染めたままじゃ可愛いだけなのに。
自分の行動がこの顔を引き出したって考えるだけで堪らない。
可愛い顔を見たくて、今日何度鮎沢を困らせたのだろう。


痕を隠すためにどうするか、彼女はどんなに考えたんだろう。
彼女が率先して選びそうに無い、可愛らしいデザインの時計を着けざるを得ない状況だったことは想像に容易い。
時計という選択肢はうってつけだけれど、彼女はこの先時計を見る度に自分に残された痕を思い出し、頬を染めることになるんだろうな。
そんな未来の彼女を想像するだけで口元が緩んでしまう。


ーあぁ、消える前に更新すればいいのか。
彼女には迷惑この上ない誓いを立てて、警戒されてなかなか訪れなくなるであろうその機会をどう作ろうかと考える楽しみを手に入れた。


そんなことを考えていたら鮎沢に「また何を企んでるんだ?」とツッコまれた。
どうやら顔に出ていたらしい。
まだまだ俺も青いね。






手首のキスの痕は欲望の証。






彼女の肌に刻んだ俺の欲望の痕。






2012.11.05  END.

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