短編

□ただ貫くは純愛
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※注意 元親が不憫です





長年争い続けていた毛利と雌雄を決したのは数日前に遡る。毛利軍も、当然こちら側も多大な被害を被り、漸くこうやって安芸の土を踏む事が出来た。国主を失い、民草は城へと向かう俺の姿を家屋の影から窺っていた。
あまり歓迎をされていない、と言う事は毛利の政が隅々まで行き渡っていたと言う事なのだろうか。あいつが民の為にやったとは思えないが口癖の様に言っていた「中国の為」が結局は民の生活を満たす事になったんだろう。あいつを倒した後に知るなんて、何だかやり切れない気持ちに駆られた。

嘗て毛利の居城だった場所に着き、最上階に通される。やはりと言うべきか見事な書院造りの部屋に思わず圧倒されてしまった。決して華美ではないが調度品の一つ一つが高級感に溢れ、まるで物が持ち手を選んでいるかのようだった。傲慢さは持ち主譲りか、と舌を打つ。部屋の中をしばらく見渡していると毛利の家臣が一人の女を連れて来た。繊細な刺繍の打掛を畳に滑らす女は静かに腰を下ろした。その流れるような所作に目を奪われる。

その見目麗しい女に驚いていたが家臣から聞かされた女の身分に更に言葉が詰まった。


「…毛利の、正室?」

「元就様を喪い、更に◇◇様までも失ってしまったら我々は…!長曾我部殿、この通り◇◇様のお命だけは何卒お助け願いませぬか…!」


畳に額を押し付けそう懇願する老臣は恐らく長きに渡り毛利に仕えていたのだろう。決して同情した訳ではない。ただ、あの毛利元就が正室に迎えた女に興味を惹かれた。


「顔を上げな。俺だってそこまで鬼じゃねェよ。」

「で、では…」

「あぁ、殺したりなんかしねェ。だが条件がある。あんた…俺の女になんな。それを飲めば生き残った家臣にも手は出さねェ。」

「…分かりました。ではその様に致しましょう。」


初めて声を発した女は全く表情を変えずにそう言った。大きな目に、朱に染まる小さな唇。流れる艶やかな黒髪を持つ女はまるで人形の様な美しさだった。だからこそ、この無表情さに僅かばかり背筋が凍った気がした。


「◇◇様…どうかご達者で。」

「えぇ、有り難う。私は大丈夫よ…だって…」


城の外、◇◇が家臣と別れを惜しむように話していたと思ったら突然、耳打ちを始めた。毛利亡き今、家臣団に決起する力はないだろうが何か引っ掛かった。耳打ちをされた家臣の顔が青ざめていたからだ。


「…おい、何の話してんだ。」

「いいえ、何でもありません。元親様、参りましょうか。」


初めて、女は笑った。それはそれは綺麗な顔で。促されるまま城を発ち、船に乗り込む。俺の部屋に通してやっと二人きりになれた。一息入れた俺は改めて女…いや、◇◇の顔を見る。やはり、今まで見て来た女の中で一番に綺麗だ。


「あんた本当に毛利の正室だったのか。」

「はい。」

「どっか有名な家の出か?じゃなきゃあの毛利が娶る訳ねェよな。」


くす、と◇◇は口元に手を添えて笑む。その仕草にすら胸が高鳴った。


「私は一介の武家の娘です。決して毛利家の正室になる様な身分ではございません。」

「だったら…」

「元就様が私を見出してくれたのです。この戦国の世に蔓延る政略結婚ではございません。」


まさか毛利に限ってそれはないと思っていた。中国を守る為には何でもする男だ。そんな男が、損得抜きに選んだ女…。柔らかな笑みを浮かべる◇◇には冷徹な面を剥いでいたのだろうか。唯一、心休まる相手だったのだろうか。考えれば考えるほど、毛利と◇◇の絆は強い気がした。未だ繋がっている錯覚すら起きる程に。


「元親様…貴方も誤解をしている一人ですよね。」

「誤解…?」

「元就様について、ですよ。冷酷で血も涙もない悪しき国主である、とお思いなのでしょう?」


相変わらず◇◇は笑んでいる。綺麗な、綺麗な笑みで。


「元就様は極限までに被害の少ない戦法を取っておられました。毎夜毎夜、燭台の灯りが尽きるまで熟考されていました。」

「囮もまた策…中には自ら囮となり、毛利の礎になるべく散った命もございます。」

「かく言う貴方は部下を好きに走らせ、無意味に命を捨てておりましたね。そんな無能な将に元就様が屈したなど未だ信じられませぬ。」




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