恋文
□菫
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まだ春浅い、鳴き方の下手なウグイスの声に目が覚めた。
土方さんにも聞こえたかしらと寝返りを打って、隣に想い人の姿が無い事に気付く。
目を開ければ一人きりの床が視界に入るだろうと解っているから、伸ばした腕を縮こめてしっかりと瞼を閉じ直す。
薄っすらと明るくなり始めるまでは確かにその温かな腕の中に居たのに、床の右半分は既に温もりを失ってひんやりとしていた。
今日は朝から大事なお仕事があるって言っていたけど、朝餉くらいは一緒に食べられるかと思っていたのに…。
二人分には足りない。
身体を寄せ合って、抱き合って眠るこの夜具は、私一人には大き過ぎる。
昨夜は感じなかった広さに、寂しさが胸をチクリと刺した。
「黙って帰っちゃうなんて…」
せめて朝の挨拶と見送りくらいはしたかったのに。
すっかり乱れてほつれかかる髪が項を擽って、嵐のような昨夜のひと時を思い出す。
「今度はいつ来てくれるかな…」
気怠い身体を抱き締めながら呟いた時、戸を叩く音が小さく聞こえた。
「はぁい!」
こんな朝早くに誰だろう…と訝しみながらも、心の何処かで訪う人の姿を予想する。
寝間着の上に羽織を重ね、髪を押さえながら戸を開けると……
「土方さん…」
その瞳と同じ色をした菫を差し出す、愛しい人。
浅葱色の隊服を着て、少しだけ照れたように視線を逸らして、早朝の眩い陽光に輝く漆黒の髪を清しい風に揺らして。
クイと突き出された菫の束を受け取ると、やっと私を見た端正な顔が優しく微笑む。
「黙って帰ったからな…。そいつは詫びだ」
男性にしてはほっそりとしなやかな指先が乱れた髪を掬って耳に掛けてくれる。
「その…怒ってる、か?」
私が何も言わないから、ちょっと心配そうに顔を覗き込む。
「違うんです…嬉しくて…」
不意打ちに驚いたのと、嬉しくて言葉が出ないのと、別れたばかりなのにもう会いたくて寂しかったのと…。
上手く伝えられずにただ笑って見せると、ふと緩んだ唇が額に寄せられた。
『温もりと
つらい別れに 朝髪の
直す間もなく 笑顔の花人』
終