ヒプノシスマイク/中編・長編

□update. 6
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体がとてつもなく熱い。
それなのに体感温度はとてつもなく寒くて。
完全に風邪を引いてしまったなと思いながらもそんな体に鞭を打ち、何とか奴等を片付けて車へ乗り込む。

自分が弱っているところは見せてはならない、そんなところを見せればつけ込まれてしまう。
周りにはわからないよう解熱剤で何とかごまかして暴れまわる俺に気が付くやつなんて敵にはいなかった。

勿論組のやつらも気付いていない奴が殆どで、運転させてる奴だけが俺を心配そうにチラチラとバックミラーを何度も確認している。
出掛ける前にも心配してきたやつだ。



「アニキ、薬局寄りましょうか」
「…悪ぃな」
「他何かいりますか」
「いらねぇ」
「…寒くねぇっすか」
「熱ぃのに寒ぃ」
「…朝イチに病院にでも、」
「用があんだよ、行ってる暇ねぇ」



夜電話をすると告げたくせに、結局片が付くまで3日もかかり、連絡はできていない。
3日前に去り際に言われた言葉は上手く聞き取れなかったが、今にも泣き出しそうな表情が頭に貼りついて離れない。

今まで何度も名前の泣きそうな顔を見てきたが、3日前のは訳が違った。
見ているこちらまで胸が張り裂けそうなその表情に、こちらの胸が痛くなる。
何があったんだ、もしかしてまだあのストーカーの仲間に何かされているのだろうか。
聞きたいことがあるというのも、その類いの話なのか、あるいはもっと別なのか。
間違えて送ってきたというのは、多分嘘なんだろうと簡単に予測が付く。

今は夜中の3時で、流石にこんな時間に電話をするのは気が引けた。
今日は平日だ、多分仕事へ行くはず…昼頃電話すれば出るはずだ。

…出てくれるのだろうか。
アイツは俺からの連絡を多分気がついていない振りをしている。
それも、もう俺は自分には関係ないと言い放った。
名前にとっては俺は関係無いかもしれないが、俺にとっては関係ない訳がない。



「…なぁ」
「へい」
「…お前、女いるか」
「は?」
「女、いるんか」
「っ、…っと、」
「馬鹿、寄越せって言ってんじゃねぇぞ俺は」
「す、すんません…」
「ッハ、俺のこと何だと思ってんだダボ」



窓の外を眺めればいつもと変わらないヨコハマの街が見えて。
変わらないはずなのにどこか淀んで見えるような気がして。
淀んでいるのは自分の気持ちのせいだとわかってはいるがそれでも早く日が昇らないかと待ち焦がれてしまう。

自分の女を取られると思ったのか返事をすぐにしない運転手に笑ってやればホッとしたのか肩の力が抜けた。
そんな風に思われるように振る舞っていたのは俺だ、自業自得というやつだろう。



「喧嘩とかすんのか」
「しますね、俺が怒らせちまうんで」
「どうすんだよそん時は」
「どうって…一通りお互い思ってる事話し合って、んで謝りますかね」
「…謝っても許してもらえねぇ事は無いんか」
「そりゃまぁ…あとは的外れなことで謝るとキレられますね…」
「ッハ、そうかよ」



許してもらえていないのだろうか、それとも俺が謝った内容は的外れだったのだろうか。
聞かないことにはわからねぇ。

スマホを出して、メールなら良いだろうと文章を打ち込んでいく。
仕事が立て込んでいて約束が守れなかった事、自分は何かしてしまったのか、それから会って話がしたい旨を綴る。



「アニキも悩むんすね」
「は?」
「いえ、意外でした」
「俺を何だと思ってんだよ」
「前連れてた女ですか」
「あー…どれだ」
「金髪ショートっすか、モデル風の」
「ちげぇよ」
「あ、じゃあ…」
「普通のやつだ」



タバコを吸う気にもならず、ボーッと外を眺める。
寝ているであろうこの時間じゃ、いつ返信が返ってくるかもわからない。
そもそも返してもらえるのだろうか。

薬局に寄って買い物を済ませた運転手は俺の方へと袋を寄越す。
中には薬と栄養ドリンク剤、冷却シート、それから小さな箱が入っていて。



「…おい」
「へい」
「…何でゴムなんて入ってんだよ」
「仲直りの後はそれっすよ」
「お前は…はぁ…」
「っへへ」
「頭痛ぇ…」
「風邪っすか」
「そうじゃねぇよダボ」



後ろから軽く頭を叩いてやればへらへらと笑っていやがった。
俺も笑いながら「出来た舎弟だな」とボソリと呟いてやればグスグスと鼻を啜る音が聞こえてきて。
泣いてやがんのかとミラーをみれば本当に泣いていた。

そんなに喜ぶほどかよ、と先程よりも大きめな声で呟けば元気の良い返事が帰ってきた。
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