ヒプノシスマイク/中編・長編

□update. 4
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朝方に不意に眠りから意識が浮上し、ぼんやりと目を開ければ静かに眠る女が一人。
いつも目が覚めると視界に映る金や明るい茶色と違ってあまり見慣れない色味に、ぼんやりとしていた意識が次第に覚醒してくる。

二人で入るには狭いベッドから体を起こして隣を見下ろす。
昨日あったことなど忘れているような寝顔に少しだけ胸を撫で下ろし、頬を指の背でなぞるとくすぐったいのか少しだけ顔を動かした。
顔にかかった髪をどけてやろうと髪に指を通すとさらさらとすり抜けて逃げていく。

こんな形で手に入れる予定じゃなかった。
コイツの過去の話を聞いて、ストーカーの話を聞いて、助けてやりたいと思った。



「…どうしたらお前を救えんだよ」



前髪を退かして口付けるとそれもくすぐったかったようで。
しかし今度はむにゃむにゃと口を動かしただけでただジッと静かに寝息をたてていた。
どんな辛い思いをしたのかと、考えるだけで胸が引き裂かれそうな思いだった。

コイツにはあんな汚れた人間の面なんて見て欲しくなかった。
そんな境遇に巡り会って欲しくはなかった。

出来るなら過去に戻って、朝一で会いに行って今日は一人で家から出るなと言ってやりたい。
それか、その前日ストーカーに襲われる前まで戻って、キスをされる前に戻ってやりたい。
叶うのなら、あの出会った日に、襲われる前に助けてやりたい。
それならいっそ、あのストーカーよりも先に出会って…。

次々に浮かんでくる“もしもの過去”に何て女々しい事を考えているんだろうとも思う。
思うが、それが叶うのであれば今こんな思いをする事もない。

そんな時だった。
無機質な機械音が静かな部屋へ鳴り響いた。
控えめになるその小さな音は俺のスマホからで。



「…んだよ」
『アニキ、例の案件、尻尾つかみました。下っぱ3人確保して連れてきてます』
「チッ…何で今なんだよ」
『え?』
「何でもねぇ、こっちの話だ」



ここ数ヵ月尻尾どころか影も見せなかったやつらを何故今日この時間に見つけるんだ。
ここに居てやりたいとも思ったが重要な案件だ、30分で向かうとだけ告げて通話を終えた。
ずぶ濡れになった服は昨晩自分で適当に絞ってハンガーにかけてあったがやはりまだ湿っていた。
仕方なくそれを着て部屋を出ようとノブに手をかける。

もう一度名前の寝るベッドへ戻り、ベッドサイドに腰掛け髪を撫でる。
朝日が少しだけ顔を出していて、世間にとってはいつもと変わらぬ1日が始まるのだろう。
コイツにとってはどんな1日が始まるのか、考えはしたが俺にわかるはずもなく。

掌で頬を撫でれば俺の手が冷たかったのか、寝ながらくしゅんと小さくくしゃみをした。



「…Bless you.…ハッ、クサ過ぎるか」



最後にこめかみに口付けてからもう一度頭を撫で、一緒に朝を迎えてやりたい気持ちもあったがそんな気持ちを押し込めて部屋を出る。
玄関に置いてあった鍵で鍵を閉め、ロックのかかる郵便受けへ入れて車に乗り込んだ。

一旦自分の部屋へ戻ってこの濡れた服を着替えてから向かおうか、そう決めてジャケットの内ポケットから煙草を出そうと胸を叩く。
中から出てきたのは昨日のシャワーのせいで水を含んでしまった煙草で。
口に加えて火をつけるも所詮濡れた煙草。



「くっそ不味いな」



仕方ないとその一本だけを吸い、それから適当にコンビニへ寄って買い足す用事も追加する。
車の中に流れるのはラジオから聞こえてくる音楽で。
少しずつ日が昇り朝を迎えるヨコハマの街をチラリと眺めながら車を走らせる。

信号で停まる度に名前へ送るメールへと文字を打ち込んでいった。
仕事でもう出た事と鍵を郵便受けに入れておいた事、それから少し文章を打ってメールを送信する。
今日は夜に電話でもしてみるか、それとも飯にでも誘ってみるか。
そんなことを考えながら組持ちのビルへと車を走らせた。
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