ヒプノシスマイク/中編・長編

□ヒロインな俺のヒーロー 3
1ページ/9ページ




翌日学校へ行くも俺は勿論アイツに声なんて掛けられなかった。
その日1日はもうずっとあたまの中で同じ事がぐるぐるとしていて、とてもじゃないが会話なんて出来そうになかった。

勿論教室の前を通る際は名字を探したし、見つけて抱く感想だって今までと同じだ。
笑ってんなぁとか、眠そうだなぁとか。
しかし自覚した感情に嘘はつけず、目が合うとどういう顔をしたらいいのかわからない。

当たり前だが相も変わらずにこやかに手を振る名字に、俺はヒラヒラと手を振るだけだ。
だけどそれが今日は特別に感じで、いつもと変わり無いはずなのに急にアイツが可愛く見えて。

俗に言う重症というやつだと思う。

だけどそれと同時に遅い来るのは俺が近づいていい訳がないという感覚。
不良で問題児で、更に言えば愛想も悪ければ頭も悪い。
だけど一丁前に恋心はあって、こっち見ねぇかなとか、話がしたいだとか、少しでいいから傍に寄りたいだとか。
そんなくすぐったい感情に侵されて。

そんな中で聞こえてくる悪口だってある。
別に今に始まったわけではない。
柄が悪いとか、態度が悪いとか、目付きが悪いだとか。
別に言いたい奴には言わせておけばいい、良いけど。



「…そんなやつが傍にいたら邪魔だよなぁ…」



ボケーッと窓の外を眺めながら呟いた言葉は誰かに拾われる事もなく、ただ静かに空へと溶けていく。
窓の下に見える花壇に咲く花がやけに目に焼き付いて、それが無性に腹が立って。

もう少し兄ちゃんみたいにかっこ良くて、人当たりが良くて、人付き合いも上手くて、皆から好かれるような人間だったら。
三郎みたいに頭が良くて、物事をはっきり言えていたら。
見た目だって、三郎の方が兄ちゃんに似てるし。

俺はもうどうしようもねぇなこれ。

鞄の中にあるのはこの間借りたジャージの上着で、一緒にコンビニで買った菓子を入れようと思った。
だけどアイツが何が好きかなんてわからなくて、コンビニで悩んで、家で悩んで、そんな事をしていたら洗濯が済んで今日が来てしまった。

仕方あるまいと、三郎のアドバイスを活かすこと無く俺は昼休みにぶらぶらとジャージ片手に教室へと向かった。
行くタイミングを完全にミスったと思った。
教室にはおらず、どこ行ったかななんて廊下を歩いているとちょうど階段の踊り場に何人かいて。
また後にするか、何て思ったが俺は思わず足を止めてしまった。



「さっき見た?」
「怖くない?山田くん」



思わず背を向けて歩きだそうとしていた足を止めてしまった。
聞こえてくるのは同学年の女子の声。
それは、いつもいる二人の声ではなく全く別の声が聞こえていた。

聞きたくないと思うのに、足が全く動かなくて、口が少し乾いて、手が少し冷えていく感覚がした。
聞こえてくるのは知らないやつの、俺ついての会話で。
何で関係ないやつにごちゃごちゃ言われなくちゃならないんだと少し頭にも来た。



「お兄ちゃんと居るとこ見たことある?」
「あるある。犬じゃんね」
「友達と居るときとか偉そうだしね」
「マジそれ」
「見下してんじゃん?」
「人見て態度変えてる系?」
「それだわ」



…うわ、久々にガチなやつだなこれ。

胃の奥がキュッと縮こまるような感覚がして、頭をガツンと殴られたような、それくらい真っ白になって。
それと同時に腹も立って。

今すぐ出ていって「うるせぇよ」と吠えてやろうか、でも相手は女の子だし。
多分こいつらだって俺を見たらあたふたして、慌てて逃げるような小さいやつらなんだろう。
ここでさっさと逃げときゃよかったのに。



「名前もいい迷惑じゃない?」
「あー、しょっちゅう構われてるよね最近」
「あれも面倒見良いからさー…邪険にできないんだろうね」
「………」



そこまでで会話は終わったらしい。
下の階へと笑いながら降りていく声と音が廊下に響いていた気がする。
周りの音は聞こえてはいるが、耳に入るだけで何がなんだか良くわからない。

さっきまでの怒りは消え、残ったのは罪悪感と、それからもどかしさ。

持っていたジャージの上着を思わずギュッと抱き締めて、違う、これはアイツらが言ってるだけで。
名字の言葉じゃない、アイツはそんな事思うようなやつじゃない。
違う、そうじゃない。



「山田くん?」
「?!なっ、………」



正面から声をかけられてハッとなれば、目の前でヒラヒラと手を振る名字が。
「やっほ、」とにこにことしている彼女はいつも通りで。

しかし何も言えない俺に気が付いたのか真剣な顔をして「…どうかしたの?」と心配をしてくれた。
俺の方へと手を伸ばす彼女の胸にジャージを押し付け「何でもねぇ」と吐き捨て、俺はその場を後にした。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ