ヒプノシスマイク/中編・長編

□sulk.
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飲み会から半月。
そう大して変わらない日常に安心しながら日々を過ごしていた。
いつものように仕事をこなし、時折ミスして時折誉められて。
何でもない日をすごしていた。

午前分の仕事が終わり、昼食をコンビニへ買いに行こうと外へ出た際、丁度コンビニへ向かう歩道を歩く入間さんを見かけた。



「こんにちは」
「?…あぁ、どうも」
「お仕事中ですか?」
「いえ、昼休みです。貴女は?」
「お昼休みです」
「そうでしたか。お久し振りですね」
「お元気そうで」
「お陰様で」



当たり障りのない挨拶につい笑ってしまえば彼もまた笑顔になる。
元々今朝は雨が降っていた為、道には水溜まりがあって、それを避けるように二人で歩く。

ランチの際のお礼を告げれば、「あれから左馬刻とは上手くやれていますか?」と顔を覗き込まれる。
赤面する話、電話の向こうで口ごもる話を彼から聞いた事によって、大分気持ちが楽になったのだ。



「気持ちが大分楽になりました。ありがとうございました」
「そうですか。…!あっぶねっ!!」
「ぐぇ、?!」
「っぶねぇな何だよ今の車!!歩行者居んだろうが!…道路交通法守れねぇやつは運転してんじゃねぇよしょっぴくぞ!!」



歩いていた際にどうやら車が走ってきたようで、その車が水溜まりの上を走り私たちの方へと水を飛ばしてきた。
慌てて入間さんが腰を引いて避けてくれたお陰でびしょ濡れは回避することができた。

きっと一人だったらトロ臭い私では頭から爪先までびしょびしょに濡れていただろう。
しかしそんな事よりも今私は目の玉が飛び出そうになっている。



「?????」
「水、かかってませんか?」
「?????」
「?…名字さん?」
「?????」
「バグってんな…。名字さん!」
「ぅえ、はい?!」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい…入間さん、濡れませんでした?」
「ええ、私は。…?あの、私に何か?」
「…私ずっと疑問だったんですけど…入間さんなら左馬刻さんとお友達になれますね…」
「…???」



まさかあんな大きい声が出るとは思わなかったし、あんな荒い口調で怒るとは思わなかった。

物腰柔らかくとても紳士で、雅から生まれましたな印象を持っていたがどうやらそれは違ったようで。
彼もまた、左馬刻さんと一緒で違った一面を持っているようだった。
ギャップと言うのだろうか、ビックリはしたがこれはモテるだろう。



「あ、私コンビニ行くんですけどどうですか?お礼に何か買います」
「いえそんな、お気になさらず」
「そんな!あそこのパン、食べたことあります?12時15分から焼きたてが出るんですけど、そのカレーパンが絶品なんです」
「…そうですか、では」
「はい!楽しみにしてください!」
「…聞いていた通りだな」
「?」
「こちらの話です、失礼しました」



柔らかく笑いながら口許にてを当て上品に笑う彼は、やはりどこからどう見ても紳士だった。
…意外な一面を見てしまった。

そこからまたお互いの上司の愚痴だったり左馬刻さんの話だったりをしている内にコンビニへ着き、会計を済ませてコンビニを出る。
途中まで一緒に歩き、それから各々の目指す方へと別れた。
どうやらこの後左馬刻さんに会うらしい。
お腹が空きすぎて我慢ができず、先程買ったジュースにストローを刺して飲もうとすると電話がかかってきた。
噂をすれば、だ。



「もしもし?」
『悪い、今大丈夫か』
「どうかしました?」
『…お前この間俺の車にボールペン落としていかなかったか』
「ボールペン?」
『やる気ねぇ生卵みたいな、変なキャラもんのやつ』
「変じゃないです可愛いじゃないですか」
『やっぱりお前のかよ…親父に笑われただろうが…』
「何て言ったんですか?」
『お前のだって言ったに決まってんだろ…』



げっそりした声が聞こえてきて思わず笑ってしまった。
笑い事じゃねぇだろ、と電話口で言われたが、焦っている彼を想像すると少し面白かった。
どうやら近くに来ているようで、ついでに持って来てくれるようだ。
そういえば入間さんと会うと言っていた。

ジュースを片手に会社入り口付近で少しの間待っていると、後ろからドンッと誰かがぶつかってきた。



「?!」
「名前!」
「ビッ、クリしたぁ…何!」
「さっき話してたの、彼氏?!」
「え?」
「だから、ちょっと前に通りで話してたでしょ!彼氏?」
「あ、あー、うん、そう」
「はぁー、そうなの、良いなぁ羨ましい。休み時間に話せるとかラッキーだね」
「えへへ」



…その上今からちょこっとだけ会えるんだけども。
このまま居座られたらどうしようかと思ったが彼女は予定があるようで、そのまま上へと上がっていってしまった。

そのまま待っていれば直ぐに左馬刻さんが来て。
手を振ればいつもは手を挙げて応えてくれるが、そのまま歩いて近寄ってきた。



「おう、これ」
「ありがとうございます!あの、」
「悪い、この後用事あんだわ」
「あ、そっか。入間さんと会うんですよね?」
「…おう」
「?あの、」
「…なあ」
「?はい」
「…いや、何でもねぇ。…仕事頑張れよ」
「?…はい」



「じゃあな、」と手を私の頭の辺りまで挙げ、それから一瞬迷って手を引っ込めて歩いていく。
背中が少し小さく見えた気がして、引き留めたくて名を呼ぼうと口を開いたが、生憎会社の人が出てきてしまった。
彼の名前は珍しいのだ、直ぐに誰だかバレてしまう。

走って追いかけようか、でも忙しそうだった。
いつもより帽子も目深に被って、静かに話をしていた。
何かあったのだろうかと胸騒ぎがしたがそれもそのままに、私は会社の中へと戻ってしまった。
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