特別な品 2

□紫紺の瞳に見つめられ
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行ってみたい場所がある・・・
そう言って、男は歩を進めた。
女はそれについて何も言わず、黙ってついていった。
特に目的があるわけではない。
それでもかまわない。

男と女には、時間はたくさんあったのだから。




















「ここは・・・」

男に導かれるままついていけば、そこは谷、だった。
ヒュオオオオ・・・と、少し強い風も吹いている。
底は見えなかった。
ごくり、と唾をのみこんだ。

「・・・怖いか?」
「・・・どうかな」

怖い、のだろうか。
一般的に言えば、怖いのだろうけれど。

「落ちたら痛いだろうがな」

普通なら、落ちたら痛みを感じる前に死が待っている。
それなのに、私にくるのは痛みだけ。
私所以、の感想。

「俺は怖い」
「ほう――――――珍しいこともあるものだな」

この男が・・・世界を手玉に取った、この男が。

「なぜだと思う?」

こちらの思考を読んだかのような問い。
ふむ、と考えるも、さっぱり分からなかった。

怖い・・・つまり落ちることを連想してからの言葉、だろう。
しかしこいつの場合、落ちないための策略を張り巡らせていそうだ。

「それはな・・・――――」
「!!!」

ヒュウッっと一際風が大きく切った。
しかしさっき言った言葉は聞き間違いなんかじゃない。

「・・・お前から離れたくないからだ」
「ずるい・・・」

そんな殺し文句、どこで覚えてきたんだ・・・
あの鈍感男が。
・・・まだ本名で言ってもらうこと、慣れてないんだからな・・・

「分かったか?」

紫紺の瞳を細められ、微笑まれた。
男なのに、そいつは女以上に美しかった。






































「・・・おい」

閉められた窓の中から外を眺めているところだった。
今日は穏やかな日らしい、窓ががたつく音がしなかった。

「昼間の事を覚えているか?」
「・・・ああ」

あの後、何事も無かったかのようにこの小屋へと戻っていった。
ここは“今”の場所。しかし、また時間が経てばまた旅にでる。
そしてここには戻ってこない。

「昼間のことは・・・本当の事だからな」

ベッドがギシリ、と軋んだ。
男が私のベッドに膝をついたから。
それを見つめていれば、フッと男の口角が上がっていた。

「お前だけは・・・」

両腕がのばされ、私はそれに包まれた。
抵抗はしなかった。もとよりするつもりは無いが。
包まれた温もりは、小さく、とても小さく震えていた。

「私は居なくならないよ」

こんな状態のお前をほおっておけるわけあるまい・・・
と言えば、どうやら震えが止まったようだ。
ほぅ、と息をはく音も聞こえた。

「そうかそうか、そんなに私と離れるのが嫌か」

ふふ、これは面白い。
あのプライドが高いこの男が。

「・・・・・・ああ、そうだよ」
「ふっ、それは面白い事を、」

聞いた――と続けようとしたら、ポスン、と背をベッドに預ける形になった。
紫紺の綺麗な瞳はなりを潜め、どこか怪しい光をおびた“男”の瞳になっていた。

「―覚悟するんだな」
「っ・・・!」

やはりこいつは面白い。
ニヤリと笑えば、男は端正な顔を近づけるのだった・・・




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