小説2

□昔々のある話
1ページ/2ページ

昔々あるところに、とても心優しい男がいました。
…というのは男の口癖で、実際は売られたケンカは買い、負けた人には土下座を強要するという、
一度戦った人なら震えあがってしまうほどの凶暴な男でした。

そんな時、男はある赤ん坊と出会います。

真っ裸の、緑髪の赤ん坊。
ランニングシャツを着たヒゲのオッサンから出てきた赤ん坊は、凶暴な男を一目見て気に入りました。
赤ん坊の特殊な境遇のせい、でしょうか。
赤ん坊は目を輝かせ、おたけびをあげました。
赤ん坊を中から取り出したオッサンも、事の経緯を説明しました。
男は顔を青くしました。

「いやいやいや、わけ分かんねーから!」

先ほどの威勢はどこへやら、男は首をぶんぶん振って拒否します。
それもそのはず、男は赤ん坊の「育ての親」になったのですから。

「ふざけたことをぬかすなよ、このドブ男が」
「あ?」

振り向けば、金の髪を後ろに求めた女がいました。
美人故、細められた碧眼には威圧感がありました。

「てめえこそ何言ってやがる」

しかし男は怯みません。

「俺は絶対嫌だからな!」
「ふん、こっちこそお断りだ」

なんと仲が悪い2人でしょう。
しかし赤ん坊は嬉しそうです。







その後、男と女と赤ん坊の関係が変化していきました。

男は女と赤ん坊…2人を守りたい、と思いました。
女は赤ん坊と男…2人を危険に晒したくない、と思いました。
赤ん坊は男と女…2人とずっと一緒に居たい、と思いました。

それぞれが違う思いを持ち、すれ違い、時が過ぎました。


「なあ、俺と一緒になってくれないか」
「しかし…!!」
「お前とベル坊、纏めて守ってやるよ」
「バカ者が…!」

赤ん坊は歓声をあげました。
赤ん坊故、意味が分かりません。
しかし色々と感じ取ったのでしょう。
お互いの背に回された手。
男が一層強く抱きしめれば、女がまた「バカ者が…」と呟きました。

「ベル坊も一緒だからな」

手を緩めた男と目が合いました。
その時の男の目は男らしく、そして優しくありました。
あの時の目を、赤ん坊は忘れる事はありませんでした。

じ、と視線が合った瞳は緑と黒。
男と赤ん坊は本当の親子ではありません。
しかし、赤ん坊はそんなことを気にするような赤ん坊ではありませんでした。
瞳の中に宿る力に、赤ん坊は強く惹かれるものがありました。

そして男みたいになりたい、と思いました。

「お前はお前らしく生きろ」

出会った頃より優しくなった瞳に見つめられました。
しかし頭を撫でる大きな手の温もりは変わっていませんでした。

「うん!」

そうして赤ん坊は成長していきました。
鮮やかな緑の髪をピンと立たせ、目をキラキラさせていました。
立派に少年となった赤ん坊は、親代わりだった男の事を忘れた事はありませんでした。

「僕、がんばるからね」

今は“居ない”男の言葉を胸に、赤ん坊…いえ、少年は、
“魔界の王子”として日々を過ごしていくのでした。

「坊ちゃま・・・そろそろお時間です」
「うん、行くよ」

そして扉は開かれました。




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ