小説2

□未成熟な実
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クルリ、とペンを回した。
おお、今日は上手くいっ・・・

ドンっ!!

「…集中しろ」
「………………はい」

じゃあ始めるぞ、と“彼女”は教科書を広げた。
そこには難解な文字ばかり。
知らずに眉間にしわがよるが、目の前の“彼女”は許してくれそうにない。
こっそりため息をついて、昨日の事を思い出した。


























「じゃあ辰巳、明日はよろしくね!」

その日はなんてことは無い、ただの日曜日だった。
明日は祝日で今日もゆっくりゲームでもするかな、と思っていた矢先、姉貴からいきなりそう言われた。
何がよろしくなのかさっぱりわからない。

「ヒルダちゃんが来るんだから、部屋の片づけくらいしなさいよ」
「は?ヒルダが来る?」

思いっきり初耳だった。
しかし姉貴は話を続ける。

明日ヒルダがうちにきて、勉強を教えてくれるらしい・・・俺に。

「それに、」


ニヤリ、と姉貴が口角をあげてゾクリと背筋が凍った。

「お膳立てしてあげたんだから、ちゃんと結果教えなさいよ」
「な、何だよお膳立てって・・・」

嫌な予感しかしない。

「あんた、好きなんでしょ?ヒルダちゃんの事」
「なっ・・・!!」

何故それを・・・!!

分かりやすすぎなのよあんたは。
大口開けて笑う姉貴には一生勝てる気はしない。
これ以上抵抗すれば、最悪ヒルダに俺の気持ちをバラされかねない。
ん?いくらなんでもそれは無いって?
いやいや、この女はそこまでする可能性大だ。
俺の嫌がる事には全力投球。・・・そういう女だ。

「ちゃんと上手くやるのよ〜?」

アンタバカなんだからついでに教えてもらっちゃいなさい、と言う姉貴。
ついでに明日は姉貴も、両親も居ないらしい。
なんてタイミング・・・いや、俺とヒルダのために用事を作ったのだろう。
俺は、姉貴に俺の気持ちがバレた事に対する絶望感と、ヒルダと一緒に過ごせるという
高揚感で揺らいでいた。













「で、ここはこうして・・・」

そんなわけで、教科書の文字を指さしながら彼女・・・ヒルデガルダと一緒にお勉強だ。
ちなみにヒルダは学校一の秀才で、よくもわるくも“有名人”だ。
そんな彼女と幼馴染の俺は、学校一の不良。
もちろん釣り合うわけもなく、同じ学校なのに喋る事はほとんど無い。
家が隣というだけの、名ばかりの関係だ。
俺の、密かな想いはこいつに届く事はない。

「で、聞いてるのか?“男鹿”」
「・・・・・あぁ」

ああ、遠くなっちまったなあ、こいつとも。
昔は俺の事、名前で呼んでくれていたのに。
こいつが俺以外のヤローを名前で呼ぶなんて、滅多に無い、いや、聞いた事が無かった。
それが嬉しくて、優越感に浸れていたのに。
ついに俺も“その他大勢のヤロー”になっちまったのか。

「やる気はあるのか?」
「・・・」

元々勉強は嫌いだ。
いくら教えてくれるのがヒルダだからって、そうそうやる気が出るものでも無い。
細められた翡翠の瞳と目が合う。
怒っている。
そりゃそうだ。
あっちはわざわざ勉強を教えてくれているのに、こんな態度だもんな。

「やる気は・・・無い」

しかし勉強は。
ここはもう思い切って言うしかない。
それに、いつまでも同じ空間に居たら、俺はこいつに何をするか分からなくなっちまう。

「・・・そう、か」

ヒルダの瞳が悲しそうに揺れ、下を向いた。

「私だけ、か・・・」
「・・・?」

何を言っているんだ?

しかしヒルダは教科書をカバンに入れると、静かに立ち上がった。

「・・・失礼する」
「・・・ごめん」
「いや、勉強嫌いなのは知っていたしな」

それじゃあ、とヒルダは部屋を出ていく。
その時の表情はいつもみたいな凛としたものではなく、顔を少しばかり歪ませて弱弱しいものだった。
何故だかそれが妙に引っかかり、思わずヒルダの左腕を掴んだ。

「・・・なんだ」
「いや・・・」

それ以上言葉が続けられず、ヒルダが離せと小さく呟く。
大人しく離せば、ヒルダは今度こそ部屋を出ていった。

あー・・・俺って奴は。


つい今しがた触れた手をみつめ、本日一大きなため息をつくのだった。





















「私だけ、か・・・」

久しぶりの辰巳の家。
高校進学してからはめっきり減った彼との時間。
今回は彼の姉の計らいでもあるのだが、久しぶりに2人きりで過ごせるなんて、嬉しい以外の何物でもなかった。

しかし彼は違った。
元々勉強嫌いなのは知ってはいたが・・・

「それでも私は・・・」


あの時掴まれた左腕が、まだ熱い。
彼は一体何を思っていたのだろうか。
もしかしたら、と期待した私がバカだったのだろうか。

「私は・・・」

つい今しがた触れられた腕をみつめ、帰路につくのだった。。



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