小説2

□夏休み最後の日の攻防
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夏休み最終日。
学生であるならば、この日を恨む学生も少なくないだろう。
しかし男…男鹿辰巳にはどうでもいいことだった。
宿題ないし。
不良校に通う特権だとも思う。

例え台風の影響で外は大荒れだとしても。
例え自分の誕生日だったとしても。

大荒れならば家から出なければいい。
誕生日ならば祝ってもらえばいい。
…って祝ってもらえても嬉しくない。というか恥ずかしい。
それが去年までの俺だった。

「どうした。ぼんやりして」
「…別に」

なのに何故。
この胸の中がぽっかり空いたような感覚は何なんだ。

はあぁ、とため息をついたら、ベル坊を抱いた侍女悪魔…ヒルダが眉をひそめた。

「陰気なのが坊ちゃまにうつったらどうする」

こいつのベル坊主義は今に始まったことじゃない。
そんなセリフも違和感は無い。
無いのだが・・・

と二度目のため息をつこうとして、あ、と気づいた。

…そういや今日が俺の誕生日だって言った事無かったんだった…
じゃあわかるわけないか。

わかったらこいつは悪魔じゃなくてエスパーじゃね?

「今日は貴様の誕生日なのに陰気な奴め」
「…………、エスパー?」
「なわけあるか」

え、なんでこいつ知ってるの?

「姉上様が教えてくださったのだ」

あ、姉貴ね。
というか知っててその態度って。

「じゃあプレゼントとかは?」
「…一応用意は“していた”」
「“していた”?」

何故ここで過去形なのかがわからない。
用意したのなら、それがあるはずだ。
なのに今は無いのか。

「貴様の好物のコロッケを作っていたら、」
「…」

タラリ、と嫌な汗が。

「皿から逃げ出してしまってな」
「逃げ出す!?」

え、何て!?コロッケが逃げ出す!?
いやいやいや、おかしいだろ!!
ヒルダの作る、ゲームの魔王みたいな笑い声をあげるコロッケも不気味だけども、
今回のもかなりのものだ。
不味く仕上がった、だけならまだしも、予想より遥か斜め上をいってて思わずすっとんきょうな
声をあげてしまった。

…いや待てよ。
逃げ出したということは、そのコロッケは今無いんだよな?
じゃあ命拾いしたってこどか。
良かった…

「だからプレゼントは無しだ」
「え」

いやいやいや、コロッケが駄目なら他のは!?

「また材料を買いたかったのだが、あいにくこの雨ではな」

外を見れば、バケツがひっくり返ったような強い雨。
確かにこの雨で買いに行けっていうのも酷な話である。

「それは仕方無いんだが…」

もう物は諦めた。
けど、肝心な“言葉”が欲しかった。
なのにこいつは言うそぶりもみせない。
つか物より先に言うもんじゃね?

「言え」
「む?」
「“誕生日おめでとう”って言え」
「そう言われると逆に言いたくなくなるのだが」

あ、天邪鬼め…!

プイっと顔をそらしてしまったヒルダの頬に触れ、無理矢理こっちを向かせた。

「…なんだ」
「いや………」

向かせたはいいものの、次に何するかを考えていなかった。
依然ヒルダと目が合ったまま。

「そんなに言ってほしいのか」
「…、あぁ」

こなりゃヤケだ。
というか後には引けない。

「………一度しか言わんからな」
「…おぅ」


「誕生日、おめでとう」

…………

誰だよ、祝ってもらって嬉しくないって言った奴。
確かに恥ずかしいけど。
それはヒルダが真っ赤な顔していうもんだからこっちもつられてだな…

「こ、これで満足か」
「…お、おぅ」

たった一言、しかも特に特別な、変わったセリフでも無いのに、
この胸を埋める充足感はなんだろう。
しかし悪い気はしない、もしろ気持ちいい。

「来年も祝えよ」
「何故貴様は命令口調なのだ」

けど、来年は絶対美味しいコロッケを作るからな…

妙に熱意に燃えているヒルダに若干引きながらも、
来年も祝う気があるらしい彼女を抱きよせるのだった――――。








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