小説2

□天国と地獄
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その日は何てことない、世間ではごくありふれた休日だった。
いつも家に居るアランドロンも、『今日は特別な用事があるのです・・・』なんて言ってどこかに転送していった。
まあ、一生帰ってこなくてもいい。
しかも父、母、妹はそれぞれ用事があるらしく、朝早くから家を出て行ってしまった。
つまり家には自分ひとり。
元々4人家族で(一人余計なのを合わせると5人だが)そこまで賑やかな家庭っていうわけじゃないけれど、
どこか一抹の寂しさがあった。

・・・まあ、自由にできるけど。

最近はめっきり自分の時間というものが減ってしまっていたから。
この間男鹿から借りたゲームでもしようかな・・・

いそいそと冷蔵庫の冷えた麦茶を取り出し、リビングの居間の前のテーブルにコップを置いた。
普段は家族の誰かが占領してて使わないテレビの電源を入れ、ゲーム本体のコンセントを入れ、プラグを差し込んだ。
そしてゲーム本体の電源を入れようと手を伸ばしたら、急に部屋の片隅が陰で覆われた。

「失礼する」
「ヒルダさん!?」

そこには、金髪碧眼侍女悪魔、本名ヒルデガルダが、刀を仕込んだ傘をおりたたみ、こちらを睨みつけていた。
あれ、睨む必要ある?
しかしヒルダさんのデフォルメは基本つりあがった瞳だから仕方ないのか。
そんなヒルダさんは俺の思う事なんてわかるはずもなく、スッとその場に座りこんだ。

・・・え、座りこんだ?

「まあ古市、そこに座るがよい」

・・・はい?ぇ、何これ、いや、ここ俺んち!!

「あ、は、はい・・・」

しかし断れるはずもなく、おずおずと座りこめばヒルダさんはふぅ、と一息ついた。
そのため息は肩の荷がおりた、そんなため息だった。
あのヒルダさんが気を緩めるなんて・・・しかも俺の目の前で、だ。

え、これはつまり・・・?

前にゲームでやったことのある、『気になるアイツの前でさらけ出す彼女』ではないのだろうか。
そのゲームはそこから“彼女”は一気に男、つまりプレイヤーに甘えだした。
スススと近づく指先に、男はメロメロ。
もちろん画面の外にいる男共も心拍数があがっていき・・・

「男鹿の事なんだが」

ガクッ!と頭が落ち込んだ、やば、クラってした。

まあ、そんなあまーい展開になるわけないよね、ヒルダさんだもん、無い無い無い。
ああ、なんて馬鹿な妄想してんだ俺・・・
そうだよな、ヒルダさんは男鹿の事を・・・

男鹿の事!?

「え、え、男鹿の事!!?」

思わず立ち上がってヒルダさんをみてしまった。
ヒルダさんは顔を伏せてて表情をうかがうことは出来なかったが。


「どうした、変な顔をして」

ああ、でも元からだったか。
そんな言葉もついてきてガクッとなったが。

「それでその・・・男鹿の事って何の事ですか・・・?」

こうなりゃさっさと本題に入るしかない。
それが男鹿の事だったとしても、なんとなく興味はあった。
あのヒルダさんが毛嫌いしているはずの男鹿の話題をしたのだから。

「実は・・・」

とヒルダさんが口を開きかけたところで、1階から自分を呼ぶ声がした。
しばらくしてトントントンと軽い足取りが聞こえたかと思いきや、扉からでてきたのは
妹のほのか。
左手に持っているのは電話の子機で、はい、と手渡された。

「誰だ?」
「男鹿さん」

…なんてタイムリーな。
しかしなんとなく嫌な予感がしてゴクリと唾をのめば、電話口から俺を呼ぶ声がした。

『おい古市!!』
「…なんだよ」

はあ、とため息をつけば、自宅にいるであろう男鹿の声は一層大きくなった。

『そっちにヒルダ行ってねーか!?』
「…まあ、いるけど」
『すぐそっち行くから待っとけよ!逃げんじゃねーぞ!!』

…何ムキになってんだ。

思わず笑えてしまう。
だってあの男鹿が、ヒルダさんのために必死になるなんて。
喧嘩以外興味が無い男鹿。
もちろん他人、しかも女性のために動くだなんて前代未聞もいいところだ。
すでにプツンと切れられた子機を耳から離し、またため息をついた。
おそらく怒り狂った男鹿がまもなく突入するだろう。
チラリとヒルダさんを見れば、はァとため息をついて立ち上がった。

「すまない、私はこれで失礼する」

え、と言い返す前に、ヒルダさんは消えた。
たらり、と嫌な汗が頬をつたう。

ピンポンピンポンピンポーン

丁度その時、家のチャイムが連打された。

「おい古市!!」

…やっぱりか。

最早近所迷惑レベルな声を張りあげる男鹿にため息をはいた。
…もういいや、男鹿だし。
おそらく返事をきく前の男鹿は鼻息を荒くしてこの部屋にくるだろう。
もちろん肩にベル坊のせて。
もしかしたら、男鹿の怒りにあてられたベル坊の電撃くらいはくらうかもしれない。
さすがにベル坊の電撃はきっついからな…
うわあ、俺も結構ベル坊の電撃に慣れてきたよな…
というかヒルダさんって何しにここに来たんだ…
ドスドスドスときこえる足音にため息をついて、これから起こるだろう惨劇に身を構えるのだった…






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