特別な品

□隣にいれる幸せ
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「わりぃ、今日も遅くなっから」


家にもそー言っといてくれ、と最早2言目も常套句のように言って“黒髪の女”の元へと向かう男の後ろ姿を見て胸が締め付けられるような思いだった。
しかし、行くな、とか、待ってくれ、とか、言えなかった。
自分の性格が邪魔して、先が言えなくて。
そしてどんどん遠ざかる背中に手を伸ばす。
届きはしない、だが、そうすることしか出来なかった…

























「……何だ、これは」


気付いたら、朝だった。
場所は自分のベッドの上。
要は、今までのは夢だったのである。

しかし、このリアルさ…
悪い予感がする。
髪の毛も整えることすらしないで、主君と男…男鹿辰巳が眠る部屋へと急ぐのだった。




















「居た…」


知らず胸を撫で下ろしていた。
坊っちゃまと男鹿は並んで未だ夢の中。
そう、これは私の夢だったのだ、心配することは…


「ん……あれ、ヒルダ?」


ムクリと男鹿が起きて視線が合った。寝起きのためか目がうつろだ。


「何してんの?」
「いや…」


ここで正直に言うべきか?
しかし言ったら言ったで馬鹿にされそうだ。


「何でもな…」
「ふーん、まぁいっか」


ヒルダ、と手招きされて近づけば、急に腕を引っ張られて布団の中に入らされた。…暖かい。


「まだ時間あるし…一緒に寝ねぇ?」


トロンとした目で、うっすら微笑まれて。
知らず顔に熱が集まると、男鹿は「何があったんだ?」と聞いてきた。


「何かあったんだろ?」


じゃなきゃこんな早い時間に来るわけねーよな、と言う男鹿に一種の尊敬の念を抱いた。
そして敵わないな、と思った。


「お前と邦枝が…付き合ってる夢を見た」


だから正直に言った。
夢の中の自分はものすごく傷ついたこと、また現実の自分も傷ついたことを。
そして話を聞き終えた男鹿は大きなため息をついた。


「…あのなぁヒルダ」
「む?……んんっ!?」
「……絶対ありえねぇからな」


唇を離し男鹿の顔を見れば、さっきのトロンとした目から一転してギラギラした、野獣が獲物を狙うような目をしていて思わず腰が引けた。
だが男鹿はがっちり腰を引き寄せ、逃げられないようにした。


「つかお前可愛すぎ」
「はっ!?」
「夢の中の邦枝に嫉妬て…うわ、マジウケる」
「だが…」


夢の中では、本当の事のようで悲しかった。


「ま、これからは大丈夫だ」
「…何を根拠に」
「俺、お前一筋だから」
「…!!」
「とりあえず一緒に寝よ、そしたらそんな夢は見ないから。な?」


……な?、と言われても、である。
しかし男鹿の温もりに包まれて瞼を閉じれば、不思議と不安な気持ちが消えていった。


「おやすみ、ヒルダ」


そのあと、ヒルダと男鹿は安眠を約束された。




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