特別な品

□せめて自覚して
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「最新作、やろうぜ」


そう誘ってきたのは、珍しく男鹿の方だった。
互いの家でゲームをする事はよくあるが、発売日当日に手に入れる事は多くない。
古市は首を傾げながらも、やりたかったゲームという事もあり、男鹿家へと向かった。



「で、どうしたんだよ。予約でもしたのか?」

「いや。何でか親父もお袋もご機嫌でさ。買ってやるって言われて」

「……? 機嫌がいいからって、何でお前のためにゲームなんか……」


男鹿はディスクをセットし、ベッドに背を預ける。
画面が切り替わり、主題歌が流れた。
ベッドの上で遊んでいたベル坊が、興味あり気に覗いてくる。
古市はちらりと男鹿に目を向けた。


「そういえば、ヒルダさんは?」

「コロッケ作ってるよ」

「なに!? ヒルダさんの手作りコロッケだと!?」

「言っとくけど、スゲーまずいぞ」

「バカ! 味ももちろん大事だが、手作りという時点で勝るものなし!」

「バカはお前だ。食ってから言えよ」


男鹿は力説する古市をグーで殴った。
画面のNEW GAMEという文字。マルボタンを押し、次の画面へと移る。


「……お前、いくらまずいからってヒルダさんの手作り捨ててんじゃないだろうな」

「……いや、食ってる」


古市は目を丸くさせた。
文句を言っておきながら、男鹿はヒルダの作ったものを食べているらしい。
ゲーム画面を見つめる男鹿の横顔をじっと睨んだ。


「食ってるんだ……」

「あぁ。もったいねーだろ? それに」

「それに?」

「残さず食うとアイツ、嬉しそうな顔すんだよ」

「……は?」


今、何て言った?
古市が問うと、男鹿は眉を寄せ古市に視線を移す。


「何だよ、嬉しそうな顔されたら残せないだろ?」

「いや、うん……そうだね……そうじゃなくてお前がそんな事言うとは思わなかったっつーか……」


あれれ? と古市は首を傾げた。
特別おかしな事を言っているわけではない。
それなのに、焦燥感のような何かが駆け巡る。


「……嬉しそうなヒルダさん……可愛い?」

「はぁ? いきなり何なんだよ……まあ、中々あんな顔見れないしな。見たい……とは思う」

「……や、やっぱりかー!!!」

「あぁ?」

「お前それ、ただののろけだから!!」


コントローラーを投げすて、古市は男鹿の胸ぐらを掴む。
薄々気づいてはいた。
男鹿がまずいと文句を言いながらも、ヒルダの料理を食べる理由。
嬉しそうな顔が見たいと言った男鹿。


「何をやっているのだ貴様ら」

「ダブー!」

「あ、ヒルダさん……」


大皿を持ったヒルダが怪訝そうな表情で立っていた。
ほくほくと湯気がのぼるそれは、揚げたてコロッケ。男鹿の大好物。
古市は、ん? とまたも首を傾げた。


「たくさん作ったのでな。古市、貴様も食べるといい」

「いいんスか!? いただきます!」


ヒルダの手作りコロッケ。
それだけでテンションの上がった古市は、嬉々と皿に手を伸ばす。
ぱくりとそれを頬張り、ぴたりと動きを止めた。
男鹿が散々文句を言っていたが、予想以上の不味さだ。
男鹿を見れば、無言で皿に手を伸ばし続けている。
この味に慣れたとしても、ずいぶんとハイペースな気がした。
次いでヒルダを見れば、表情は変わらないものの、確かに男鹿の言う通り嬉しそうだった。


「ごっそさん」

「うむ」

「もっとうまく作れよ」

「日々精進している」


雰囲気と言葉の音が淡々としているから気づきにくいが、充分にラブラブな感じはしないだろうか。
本当に夫婦みたいな感じはしないだろうか。


「………………」


ベル坊にミルクを飲ませ終えたヒルダが皿を持ち立ち上がる。
男鹿はちらりとヒルダを見やり、オイと呼び止めた。


「後ででいいが、アレな」

「アレか……。まあ、よかろう」


アレ。
それはどれだとツッコミを入れようと口を開いた古市だが、今はヒルダが去るのを待った。
パタンとドアが閉まるのを確認し、ゲームを再開しようとした男鹿の肩を叩く。


「アレ、って何だ?」

「あぁん? アレはアレだ」

「だからどれだよ!」

「んだよ……膝枕だよ、膝枕」

「ひざ……まくら……?」


一瞬、その単語の意味が理解できなかった。
男鹿の口から膝枕などという言葉が出てくるとは思わなかったからだ。


「エ、ナンデ?」

「何でって……意外に寝心地が良いからだ」

「…………き、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」

「何だよ」


古市は思いっきり男鹿の肩を揺らした。半泣きで。
薄々気づいていたとはいえ、やはりショックだ。


「のろけんなアホ! アレで通じるほどしょっちゅう膝枕してんのかお前!」

「何いきなりキレてんだよ……」

「お前その膝枕、両親の前でもやったろ!」

「お、おぅ……」

「やっぱりね! 機嫌良かったのはそれだよ! 夫婦仲良いみたいで安心したわー的な! 息子が嫁と子大事にしてりゃ、そりゃ嬉しいだろうよ!!」


何だかんだで、結局ラブラブか。
遠回しに見せつけられる気にもなってみろと、古市は力いっぱい叫んだのだった。













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