宝物

□アクセル!
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「何か雨降りそうだな……」


男鹿は空を仰いだ。
学校を出た時は日が射していたが、今は空全体に黒い雲が広がっている。
遠くでは雷が光っていて、きっとあの下は大雨だろう。
あの雨雲はこちらに向かって来るだろうか。
ぼんやり考えていると、ゴロゴロと雷鳴が響いた。


「少し急ぐか」


隣を歩くヒルダが空を見つめながら呟いた。


「そうだな……。走るか、ベル坊」

「ダッ!」


背中にくっついているベル坊は、行け行けと拳を振り上げた。
男鹿とヒルダは微笑し、駆け出した――。


「男鹿ァ、ちょっとツラ貸せや」

「…………」


一歩踏み出した瞬間、鉄パイプを持ったスキンヘッドに道を阻まれた。
ニヤニヤと気味の悪い笑い方をしている。


「どけよ。オレら急いでんだ」

「ならオレを倒しぶげっ!!」


容赦なく、その顔に拳をめり込ませる。
スキンヘッドは三回転しながら地面に倒れた。
ベル坊が自分が倒したかのようにスキンヘッドを見下す。


「坊っちゃま素敵です……!」

「やったのオレだっつの」

「アーイ」


しかし、と男鹿は気を失っているスキンヘッドを見つめる。
男鹿の凶悪さは有名だ。
一人で挑んでくるなどありえない。
東条のようなタイプならまだしも、汚い手を普通に使ってきそうな感じだ。
無策で来たとは思えないが……。
男鹿は首を捻ったが、そんな大した事はないのだろう。


「む?」


ヒルダの声に振り返ると、20人くらいはいるだろう男たちが立っていた。
その一人が鉄パイプをヒルダの後ろから首に当てている。
なるほど。男鹿はため息をついた。
このスキンヘッドは囮のようなものか。


「ククッ……男鹿ァ……てめぇの女、大変な事になってほしくないだろ? だったら大人しくしててもらおうか…………って聞けよ!」

「あ?」

「こいつが見えねーのか! てめえの女! オレたちに何されるか……」

「あぁ、好きにすれば? そいつに人質の価値なんてないし」

「な、何だと……!?」


男たちは狼狽した。
本気かとざわついている。


「ハッタリだ! そんなら、本当に……!」


バキン、と何かが折れた音がした。
鉄パイプが折れた音。


「な……!」


どうして折れたのか、男たちには分からない。
ただ、男鹿の言うようにヒルダに人質はつとまらないのは理解できた。
ニヤリと笑うヒルダは、まさしく凶悪な男鹿の嫁で。


「……!?」

「オレの女に、何するって?」

「あ……いや……その……」


瞬殺。
20人はいた男たちは、残らず男鹿にぶっ飛ばされた。
またしても、ベル坊が誇らしげに胸を張る。
男鹿は地面に落ちた鞄を広い、土埃を払った。


「ふん、価値がないだと? 言ってくれるではないか」

「本当の事だろ。つか、お前捕まりすぎじゃね?」

「ふ……。助けてくれた礼にコロッケを作ってやろう」

「あ、てめ! まさかそのために!?」

「ダーイ!」


何て女だ。
男鹿は愉快そうなヒルダを睨みつけた。
ゴロゴロと、再び雷が鳴る。


「っと……帰んぞ」


雨が降りだす前に。
男鹿はくるりと身体の向きを変えた。


「……ん?」


目の前に、50人はいるだろうバイクに乗ったガラの悪い連中が道を塞いでいた。
こちらを真っ直ぐに見ている。
男鹿の眉がピクピクと小刻みに動いた。
次から次へと、今日に限って何だというのか。


「人気者だな、男鹿」

「ダブー」

「……嬉しくねーよ……」


一気に突破するか。
くしゃり、髪をかき回す。


「ダイ」

「あん?」


ベル坊がぐいぐいと男鹿の服を引っ張った。
後ろを指差す先。


「どっから湧いて出やがった」


ざっと100人。
男鹿にとって脅威にはならないが、さすがにうんざりする。
実は全員グルなのではないだろうか。
倒しても、また現れてくるような気もする。
そう考えると、だいぶ面倒に思えてきた。
暴れるのは好きだが、雨に濡れるのは好きではない。
雷の光と音の差は、縮まってきていた。


「しゃーねーな……。やっぱ突破するか」

「戦わないのか」

「相手してられるか」


男鹿は右手を握りしめた。
ざわり、魔力の気配が濃くなる。


「行くぜ、ベル坊!」

「ダッ!」


男鹿はゼブルブラストを放った。
何人かを吹っ飛ばしながら、一直線に電撃が走り道を作る。
その光景に不良たちが驚き呆然としている間に。


「む、何をする男鹿」

「黙っとけ」

「ダーッ!」


男鹿はヒルダを抱きかかえて走りだした。
ベル坊がきゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ。


「またわざと捕まる真似されたら困るしな」

「フン。するわけないだろう」

「どうだか」


これ以上のコロッケ地獄は何としても阻止しなくては。
帰ったらとりあえずヒルダを部屋に閉じ込めておこう。
抱きかかえられているというのに、ふんぞり返ったような態度のヒルダを見て、男鹿は静かに決意した。


「ウー……」

「ん? どうしたベル坊」


ベル坊が空を見上げている。
男鹿も目を向けた。
黒い雲の隙間から光が射し込んでいる。


「……晴れんのかよ」

「……ゼブルブラストを使ったろう? 坊っちゃまの電撃に反応して、雷の方が遠ざかったのだ」

「え、マジで!? そんな使い方もできんの!?」

「ウソだ」

「おい」

「アイ!」


ヒルダが楽しそうに目を細めて笑った。
ったく、と舌打ちする男鹿もどこか楽しげで。
ベル坊もご機嫌な様子で拳を上げていた。


「さて。雨は降りそうにないが……追いかけてくる後ろの連中はどうする?」

「このまま逃げる!」

「ダー!」

「フフ……。私も走ろうか」

「いい。ダンナならヨメと子ども背負って走りきるさ」

「アーイ!」


男鹿はニッと口角をあげた。
ヒルダとベル坊の重さなど感じていないかのようにさらに加速する。
大きくなってきた晴れ間から、光が三人を照らしていた。








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