宝物

□極上のスパイスを
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「何やってんだヒル…」
「ひっ!?」
「うおっ!?」


ただ声をかけただけだ
この昼時にキッチンにいたヒルダに声をかけただけ

なのに、この状況はなんだ

包丁が真横に飛んできた
ビュッと吹く風が生々しくて風の来ていた方向に顔を向けるのが妙に怖い
背中でうとうとしていたベル坊も起きたようで俺同様に嫌な汗を流していた


「な、何しやがんだ!」
「む…そっちこそ驚かせるな!」
「はあ!?」
「手元が狂うだろ!」
「もうすでに狂ってたよ!!」


何やってんだよ、とキッチンに近づいてみるが「来るな」と凄まれその場に固まる
ほんと、何してんのコイツは


「あのよ、俺もそろそろお腹空いたわけだからお昼作りに来たんだけど…」
「…お前、料理できるのか」
「いや、料理つーかカップラーメンな」
「チャーハンとかは…食べたくないか…?」


咄嗟に「へ?」と目を丸くしたが、なんとなく分かった
コイツ、チャーハン作ってたのか
まあ、断る理由もないし、むしろラーメンよりチャーハンがあるなら食べたいと思ったので「あるなら食べる」と返事する
するとヒルダはどこか明るくなり、「じゃあ待っていろ」と意気込んだ返事をした


10分経過

うん、まあこれくらいはね
香ばしい香りしてきた
早く食べてえな…

更に10分

…うん…そろそろかな
あれ?…何か焦げ臭くなってる?

その更に10分



「あのーヒルダ、さん?」
「…」
「いや、まだかな〜って」

ベル坊にはミルクを飲ませたからベル坊の心配はないものの、自分はといえばお腹が空きすぎて鳴りようが半端ない
先程と打って変わって暗い雰囲気を出すヒルダに近づいてみる
次は気づいているのかいないのか何の抵抗もされなかった
ふとキッチンを覗いてみれば真っ黒に近いものがフライパンに乗っていた

…焦げ臭い


「お前、料理下手だな」
「!」


キッと睨んできたヒルダにヤバッと思い構えるものの、それは無意味だった
ヒルダはすぐに下を向き、「すまんな」と謝ってきた
いつもと違うその対応に違和感を感じて下からヒルダの顔を覗き込んだ

覗かなきゃ良かったと思った

まさか目を潤ませていて今にも泣きそうになっているとこを見てしまうとは

どうしようか、と考えてみるも何も浮かばない
気の強いコイツに慰めの言葉なんてしたらそれこそ泣いてしまうだろう






「うわ、苦っ」
「貴様っ、何している!?」
「何って、飯食ってんだよ、悪いか」
「な…ラーメンを作れ!」
「めんどくせーよ。ここにチャーハンあるし、これ俺用だろ?」
「確かに…そうだが……駄目だ!不味いぞ!」
「おお、不味い」
「っ…だったら──…」
「から、次に期待しとく。姉貴と練習しろ」


基本的なことは出来るみたいだから、と無理矢理ヒルダを説得しチャーハンを頬張る

苦いし不味いし最悪だ

ヒルダは納得できてない顔をして俺を眺めてくる
どうしたものか…


「そんなに思いつめなくても」
「失敗した料理を食べさせてるんだぞ!?」
「食べさせられてる訳じゃねーよ。食べたいから食べてんの」
「不味いものを食べたい奴がいるか!!」
「……じゃ、食べさせて」


ほら、とヒルダにスプーンを手渡しする
ヒルダは目を瞬かせて「?」を浮かべていたが食べさせることを理解したのか頬をほんのり赤らめる

「な、何で…そんなの関係ないだろう!?」
「その方が美味しくなる」
「…ば、馬鹿言うな!」
「マジだけど?口移しでもいいかな〜」
「!」


ヒルダは暫く固まっていたがふるふると震える手でスプーンを構え、チャーハンを俺の口元へ運ぶ
あー、と口を開けてチャーハンを食べる

もちろん味が変わる訳じゃない

けど、すっげー美味しく感じるんだよな



極上のスパイスを
たくさんたくさん振りかけましょう



 

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