宝物

□洗濯日和
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ここ数日、雨が続いていた。
いつまで経っても止まない雨。
窓辺でじっと外を眺めていたベル坊がつまらなさそうな顔をする日々だった。
青空が恋しくなってから数日。
ようやく、晴れ。


「ダー!」


久々のお日様に、ベル坊はキャッキャと喜んだ。
しかし、家の空気はピリッとしていた。
溜まり溜まった洗濯物。
それを洗濯するため、洗濯機はフル稼働。
全員分の布団を干し、掃除をする。ついでにと、大掃除に発展していた。
そして、買い物に出かける。やはりついでにと、重い日用雑貨も買い込んで、古かった調理器具なんかを一新。
暇などなかった。
少しずつやればいいのに、何故か一気にやろうとする。
ぶつぶつと男鹿は文句を言っていたが、きっと仕方ないことなのだとベル坊は思っていた。
だから、その日は我慢。
明日も晴れてくれれば、それでいいと。
ベル坊の願い通り、次の日も晴れ。カラッと晴れたいい天気だ。
早く遊びに行きたいと、ベル坊は青空を指差しながら振り返る。
見えたのは、天井まで届くのではないか、というくらいの衣類の山。


「坊っちゃま……少しお待ちください……!この山を……この山をすぐに片づけますから……!」


ヒルダが、くっと顔を歪めながら言った。


「アー……」


溜まりに溜まった洗濯物。
すべて洗い終えたはいいが、今度は畳んで仕舞わなくてはいけない。
昨日疲れたと言って後回しにした結果だ。


「要領悪くね……」


ヒルダの隣で自分のシャツを畳みながら男鹿は口を尖らせた。
直ぐに鋭いヒルダの視線が男鹿を射抜く。


「貴様は昨日ボーッとしていただけだろう。文句を言うな」

「だってよ……掃除なんて雨でもできんだろーが。何で晴れてから一気にやんだよ」

「庭の掃除は晴れてないとできんだろう。ついでに普段はやらないような場所を掃除していたら、ついつい本格的にやってしまったのだ」

「ったく……めんどくせぇ……。なあ、ベル坊」


男鹿の言葉に、ベル坊は頷かなかった。
大人には大人の事情がある。
そう言えば、ヒルダは感激して目を潤ませ、男鹿は面白くなさそうに眉をしかめた。
ずいぶん立派になって。
男鹿は大きくため息をついた。
我慢を教えてくれたのは男鹿だ。
我慢したぶん、強くなれるし、たくさん褒めてもらえる。
だから我慢くらいする。
だから早く、この山を片付けてほしい。


「あ」

「む」


男鹿とヒルダの手が重なった。
タオルを手に取ろうとしたタイミングが合ったのだ。


「……貴様に任せる」

「お、おう……」


何だか変な空気。
ベル坊は首を傾げた。
いつも遠慮なしにケンカしているのに、時々、よそよそしくなる。
だが、それは嫌なものではないため、ベル坊は特に気にしてはいない。
ただ、不思議なだけ。
よそよそしくなって暫くは、男鹿とヒルダは無言になる。いつもの事。


「ん、なんだコレ」


男鹿はヒモを掴んだ。
その先は埋もれているため、ぐいと引っ張る。
びろん、と出てきたものを男鹿は凝視した。


「それは私のだ馬鹿者!」


ヒルダの拳が男鹿の顔面にめり込む。
男鹿の手からそれを奪い、隠すように横へ置く。
ヒルダの顔は真っ赤だった。


「〜っ!いってぇな!いきなり何すんだ!テメーの下着くらいわけとけよ!」

「黙れ!紛れてしまったものは仕方ないだろうが!」

「ならオレが掴んじまったのも仕方ねーだろーが!」


変な空気は長くは保たない。
これもいつもの事。
ケンカする暇があるなら、手を動かしてほしい。
だが、ベル坊はそれを言わない。
こうして男鹿とヒルダがケンカしているのを見るのは嫌いではないからだ。
ケンカしているのに、仲良くしているように見える。
これも不思議。


「昨日余計な事までしなきゃ、今頃ベル坊と遊んでたってのに!」

「貴様が手伝っていればもっと早く終わっていた!何でも私のせいにするな!」


そろそろケンカ両成敗でいいだろうか。
さすがに嫌いではないから、と言って見てる事はできない。
やっぱり、ケンカより笑っていた方がいいから。


「ダブ……アイニャダブ……!」


一応断りを入れて、体に力を込める。
バリバリと一発。
電撃が襲うと、ふたりはまた静かに洗濯物を畳み始めた。
黙々と作業をする。
少し小さくなってきた山に、ベル坊はうんうんと首を縦に振った。


「……だいたい」


ポツリ、小さな声でヒルダが呟く。


「昨日、なぜ坊っちゃまを連れて遊びに行かなかったのだ……。せっかく晴れて、坊っちゃまは喜ばれていたのに」

「…………」


ベル坊はその理由を知っている。
いや、正確には同じ気持ちだったのだ。男鹿と。
だから遊びに連れていけと言わなかった。
せっかく、晴れたのに。


「お前が……忙しそうにしてたからだろ……」


ベル坊は腕を組み頷く。


「私が忙しいのと、何の関係があるのだ」


ヒルダはわかっていない。
男鹿は顔をしかめた。
ベル坊もだ。


「だから、待ってたんだろーが」

「待ってた?誰をだ?」

「お前に決まってんだろ!」


ぱちくり、ヒルダは瞬く。
男鹿の頬は朱色がかっていた。
ベル坊はふたりを見比べる。
言葉を反芻していたのか、しばらくしてヒルダの頬も男鹿と同じように染まっていった。


「……それは……その、す、すまなかった……」


言い辛そうに、ヒルダは視線を泳がせる。
また、変な空気。
それも先ほどよりふわふわした感じだ。
ベル坊は首を傾げる。
ケンカしたり、変な空気になったり。
よくわからないけれど、胸の辺りがむずむずした。
これを何ていうのかベル坊は知らない。
男鹿とヒルダを見ていると湧き上がるこの気持ち。
思わず拳を握る。
そわそわと落ち着かない。


「ああ、坊っちゃま……!退屈で仕方がないのですね……!申し訳ございません……坊っちゃまにこのような思いをさせるなんて……」

「ベル坊、ちょっと待ってろ。すぐ終わらせるから!」


遊びたいのは遊びたいのだけれど。
今気になってるのは、そういう事じゃない。


「ヒルダ、もう少しスピード上げろよ」

「うるさい!これで精一杯だ!貴様が適当すぎるのだ。丁寧にやらねば皺になる」

「せっかく出かけようと思ってたのによ……これじゃ、あまり遊べねーな……」

「ま、まだ午後があるだろう……!午後までには終わる。だから……それから、三人、で……」


段々恥ずかしくなってきたのか、ヒルダは真っ赤になって俯いた。
しかし、手を動かすスピードは変わらない。
男鹿も顔を赤らめ、ぼそりと呟く。


「……三人で、出かけるぞ」

「う、うむ……」


変な空気は最高潮。
ベル坊がそわそわで声を発しそうになった時、急いではいるが丁寧に洗濯物を畳むヒルダに男鹿が一言放った。


「お前、本当に急いでんのかよ……すげぇもどかしい……」


もどかしい。
男鹿の言葉は、ベル坊の胸にストンと落ちるようだった。




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