宝物

□Rain man
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あの時雨が降らなければ、私の心は黒に囚われることもなかったし、況してや熱が生まれることなどなかったのに。


それでもあの時のことは忘れられない。


雨が降る度にあの匂いを思い出して、胸が痛いくらいに締め付けられる。


この想いから抜け出すには、どうすればいいのか。


今日もまた雨が降る。


















              Rain man.


















「あのタコ!私で遊んでるのよ絶対!」


イライラしながらキーを叩いた。


暗殺をしなければならないのにされる本人はまるで子供をあしらうように全ての攻撃を避けていく。


日数だけが過ぎて当の本人はケロッとしたもので。


仕舞いにはこっちがなにかといじられる始末。





「一々反応するからだろう」


カタカタとリズミカルにタイプする音を聞きながらムッと顔を上げた。





「カラスマみたいにのーめんみたいな顔はできないの、私」

「誰が能面だ」


眉間に皺を寄せて言うカラスマは口を動かしながらも手は止めない。


ふと自分のパソコンの画面を見れば、カラスマに顔を向けてからひとつも進んでなくて。


出来る大人をまざまざと見せつけられた気がして唇を尖らせた。


ギ、とイスの音に再び顔を上げればカラスマが立ち上がった。





「戸締まりはしろよ」

「え!?帰っちゃうの?」

「………あァ」


不審そうに眉を潜めたカラスマはそれだけ言ってさっさと帰ってしまった。


ぽつんと残された職員室を見回す。


私にはまだパソコンに打ち込まなくてはならない事が残っている。


少し考えてノートパソコンを閉じると立ち上がり電気を消して校舎を出た。





「別に一人が怖いとかじゃないんだから!」


誰に言うでもなくそう呟いて歩いていた。


ふとなにかの声が聞こえた気がして足を止めた。





「…なに?」


話し声がする方へと足を向けて木の陰から覗いて見た。





「汚ぇ犬だな!」

「こんな犬一匹死んだ所で誰も気にしないだろ」

「死ね!」


ぎゃはははと笑いながら石を犬に向けて投げつけているのは間違いなくここの生徒だった。





「あいつら!」


犬はよく見るとまだ子犬で、恐怖からかフルフルと小刻みに体を震わせ小さく悲鳴に似た鳴き声をあげていた。


ここは丁度E組へと続く道の途中で、木しか生えていないような場所で、悪意を感じた。





「なんだこいつもう死にそうだぜ!」

「水でもぶっかけてみるか」

「俺いいもん持ってるぜ」


そう言ってブレザーから取り出したものを見て慌てて飛び出した。





「あんた達なにやってるのよ!」


つかつかと子犬の前に出て生徒達を睨み付ける。





「あ?誰だよおばさん」

「こいつE組の教師じゃね?」

「なら平気だろ」


ニヤニヤと笑って銃口を向けてくる生徒。


エアガンとはいえ当たれば痛いことはこの子達だってわかってるはずなのに。





「そんなモノで私が怯むとでも?」


バカにしたようにそう言って怯えている子犬に自分の上着を巻き付けた。





「もう大丈夫よ」


そう言った瞬間体が地面に倒された。


予測していた動きに驚きすらしない。





「ならこいつの代わりにオネーサンが遊んでよ」


ズボンからバタフライナイフを取り出して跨がってくるのを呆れたように見上げていた。





「………それで私を殺る気?」

「ヤるに決まってんだろ」

「そう…」


ビッ、と服がナイフで切られる音がしたと同時にその手からナイフを奪い逆に馬乗りなって喉元にナイフを当てる。





「殺るなら本気で向かってこないと…あんたが死ぬわよ?」


ターゲットを殺るときのように最上級の笑みを浮かべて顎を左手で押さえつける。





「………あ」


殺気をやっと感じた生徒はガタガタと震え始めた。





「あの子の恐怖がどんなものだったか、教えてあげましょうか?」


いつの間にか周りにいた他の生徒達は消えていた。





「薄情ね、あなたのオトモダチ」

「お、俺を殺したらあんたの将来だってなくなるんだぞ!」


ぽつぽつと降りだした雨が生徒の顔を濡らしていく。





「…だからなに?そんな言葉脅しにもならないわ」


それを無表情で見下ろしたまま腕を振り上げた。





「そこまでだ」


ガシッと手首を掴まれ引き上げられた。





「………カラスマ?」


帰ったはずのカラスマがどうしてここに居るんだろう。


そんな事を考えていると落ちているコンビニの袋が見えた。


ここに子犬が居たことをカラスマは知っていて、わざわざ餌をやる為に戻ってきたのかもしれないと一瞬で理解する。





「もう罰は与えた。十分に」


生徒を見下ろすと泡を吹いて気絶していた。


少しやり過ぎたかしらと考えているとわしゃわしゃと大きな手が頭を撫でた。


キョトンとカラスマを見上げてると徐にスーツの上着を脱いで私の肩に掛けてきて。


ふわりとカラスマの匂いに包まれた。





「よく守ったな」


そう言って笑った顔が見たことないくらいに柔らかくてドキリとした。


カラスマは伸びた生徒を木の下に移し、子犬を抱き上げた。


瞬間、物凄い剣幕で子犬が吠え出す。


それはもう有り得ないくらい。





「………イリーナ」


眉を下げて子犬を差し出すカラスマを見ながら腕を伸ばせば、安心したように子犬は私の胸で大人しくなった。





「なにしたの?」

「なにもしてない。俺に対して犬はいつもこうだ」


その言い方がなんだか拗ねてるみたいに聞こえて口元を綻ばせた。





「濡れるぞ」

「え?」


グイッと腕を引かれ狭い木の下に押し付けられた。





「ワンワンワンワン!」

「凄い吠えてる…」

「………」


雨に濡れたせいで髪が垂れたカラスマを見上げれば、不機嫌そうに眉を寄せていた。





「なんで吠えるのかしら?」

「こっちが聞きたい」


溜め息を吐いたカラスマが未だに吠えている子犬の頭を撫でる。


それでも子犬は吠える事をやめない。


それが可笑しくてクスクス笑っているとカラスマの指が頬に触れた。





「髪食ってるぞ」


そう言ってカラスマの冷たい指が頬から唇にスッと触れた。





「あ、りがと…」


なんでこんなにドキドキするのか。





「そういや、口紅変えただろ」

「え?ええ…」

「お前には前の色の方が合ってる」

「…なによ、それ」

「思ったことを言ったまでだ」


無自覚とか一番質が悪い。





「………寒い」

「ア?」

「さ む い !」


そう怒鳴るようにして言えばカラスマはイラッとしながら私を子犬ごと抱きしめた。





「文句は言うなよ」


そう言ったカラスマのシャツがずぶ濡れで。


なんだか私が悪いみたいに思えてきて胸が痛くなった。





「…あんたの方が冷たいじゃない」


子犬を抱いてない方の手でカラスマの背中に手を回す。





「お前とは鍛え方が違う」


耳元で聞こえる声になんだか胸が締め付けられて、誤魔化すように吠え続けている子犬をギュッと抱きしめた。





「………雨男」

「黙れ」


雨が止むまでこのままなら、私の心臓は持たないかもしれないと、筋肉質な体に包まれながら思った。



















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