はぐれ兎

□五匹
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「あ…どうぞ」

「君も僕の事は呼び捨てでいいよ」

「いえっ…そんな…」

「下で呼んで。あと敬語も堅苦しい」

「…いえ、本当にいいんです」

「敬語」


何で。普通に女子同士なんて名前で呼んでいるのに。
そこは男女差別するんだ、壱花でも。


「その、恥ずかしいと言うか…」

「何が?」

「その…男の人を、名前で呼んだ事、なく…て」


しゅうう、と俯いてしまった壱花からは湯気でも出て来そうだ。
最後なんて小さ過ぎて聞き取るのが困難だった。


「だったら僕が初めてだね」

「え、そのっ…」

「ほら、呼んでみなよ」

「……っ」

「どうしたの」

「……恭弥、さん」

「呼び捨て」

「きょう、や」


ぼそりと呟く壱花の顔は真っ赤だ。
それがどうしようもなく愛しく感じるのは何故だろう。
…自分で自分が分からない。


「…これ、置いとくからよかったら食べて」

「え?」

「お菓子。君が好きそうなの置いてあるから」


ぽかん、と表情が迷子になる壱花。
それもそうだ。ここまで急に話題を変えられたんだから。

でも、こうでもしないと



「(僕の方が可笑しくなりそうだからね)」

「あの、恭弥…さん」

「…」

「恭、弥」

「何?」

「お菓子…貰う、ね?」


ふにゃりと力なく笑う壱花。
それに反応するように、また心臓が騒ぎ出す。


「いいよ。全部食べても」

「ぜっ…?そんなに食べれません」

「敬語。外してって」


ひょい、とお菓子の入った籠を取り上げた。
壱花はハッとした表情をしてから、ふいとそっぽを向く。



「私、お菓子なんかに連られません」

「そう。なら僕が食べるよ」

「ど、うぞ、元々は私のではなかったので」

「…ふーん、」


…本当、変な所が強情だね。

僕は籠から1つラムネを取り出して口にほうった。
シュワー、と甘いラムネが解けて行く。



「いいの?美味しいよ」

「ひ、卑怯です…!」

「食い意地張ってなければ効かないけどね」


ずい、とわざとらしく目の前に置く。


「頂戴って言えたらあげるよ」



 
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