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□思いが重なるその前に
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 ぼうっと考え事をしている間にも、電車は終点の駅へと滑り込む。倉院と書かれたその古い駅舎に、僕はごくっと息を飲む。

「おーい!なるほど君!」

「……真宵ちゃん」

 屈託のない笑顔で迎えてくれた彼女に、僕はようやく笑顔を浮かべることができた。

「久しぶりだねぇ〜」

「そう?真宵ちゃんがこっちに戻ったのって1週間前じゃなかったっけ?」

「それはそうだけど!…なんか今までがあんまり離れてなかったから、余計に寂しく感じちゃってたのかな?」

「そうかもね…僕も真宵ちゃんいなくても、何とか頑張ってるよ?……その…汚さないように」

 そう言うと、彼女はあはは!と快活に笑う。

 その笑顔が今は眩しくて、僕は小さく苦笑いを浮かべた。

「で、何かな?お願いって…?」

 駅舎を出てから、二人でのんびりとした小道を歩くことにした。

 本当はバスもあるのだけど、なるべく人に聞かれたくない話だったので、家元様に対しては失礼かと思ったが、昔の好で許してもらおうと思った。

「うん……ちょっと、真宵ちゃんに頼むのは、本当に本当に申し訳ないんだけど…」

 僕は意を決して、持っていたカバンから、古い写真を一枚取り出す。

 何?という風に小首を傾げた彼女も、その写真を見るや否や、瞳が真ん丸に見開かれる。

 あ、やっぱりわかるのか…と思いながら、どうして?と真っ直ぐに僕を見つめる彼女に、私的に聞きたいことがあるんだと…そうとだけ告げた。

 僕が差し出した写真には…穏やかに微笑む一人の男性が映し出されている。

 どこか見覚えがあるような既視感があるのは、彼の額に刻まれた皺と人の奥底を見つめる瞳が、彼に似ているからだろう。

 その人の名前は…御剣信

 僕の恋人である御剣怜侍の…父親だ。

「…理由を聞いたらダメ?」

「…彼に報告したいことと、相談したいことがあるんだ…それじゃ、ダメ?」

「うーん……っ、まあいいよ!なるほど君なら」

「真宵ちゃん…ごめんね。あ、相談料は取ってよ」

「もらえるわけないでしょ!…だって、なるほど君はうちの顧問弁護士みたいなものじゃない」

「…こ、顧問?」

「お姉ちゃんの後を継いだんでしょ?神乃木さんも今では半分うちで半分星影先生のところだって聞いてるけど」

 謎の多い謎の人は、確かにあれこれと用事を見つけては遊びにやってくる。

 まあ、遊びと言っても半分は僕の指導みたいなことをしてくれるので、僕としてはありがたい存在にはちがいないのだけれど。

「みんな…元気?」

 そう言う彼女に合わせて、僕は知り合いの近況を話しながら、彼女と二人でてくてくと田舎道を歩いた。

 そうしてようやく見えてきた里の中心まで来た時、僕は緊張で心臓がバクバクしているのを感じた。

 僕がしようとしていることは…御剣には絶対に言えない。

 言えば彼は怒るだろうし…恐らくは死者も自分も愚弄する行為だと呆れるだろう。

 だけど…彼に会って、確かめたい。

 どうしても僕には…彼に聞いてもらいたいことがあるのだ。

 真宵ちゃんに促されるまま、僕は修験者の間から対面の間に入る。人払いをしてあるから、気にしなくていいと言う彼女にほっとしながら、無数のろうそくに照らされた…不思議な空間に入る。

 少し待つように言われて、僕は真新しく整えられていた畳に座り、揺らめく無数の炎を見つめた。

「ごめんね、おまたせ」

「あれ?服…」

「うん、まあ…呼び出すの男の人だしね、一応、それなりの恰好じゃないとまずいでしょ?」

 彼女が来ていたのは、ゆったりとした作務衣風の装束で、いつもの髪飾りは全て外してしまっていた。

 今まで僕が目の当たりにしてきたのは確かに女性ばかりだったから、男性へと変化する彼女を見るのは…確かにちょっと…気味が悪いものかもしれない。

「じゃあ、始めるよ。なるほど君も目を閉じて…私の祝詞を聞いていて…祝詞が止まったら目を開けてね」

 その言葉にそっと目を閉じる。もう…ドキドキして心臓が口から出てきそうだった。

 静かに聞こえる彼女の声は、なんだかいつもとは感じが違う。

 抑揚の聞いた不思議な言葉が、大気を震わせてこの空間に満ちていく。いつもはさらりと千尋さんに変身するから、そんなものかと思っていたけれども、あれはやっぱり肉親であり霊力も持つ千尋さんが相手だからできるのだろう。

 不思議な言葉のバイブレーションに身を委ねながら、そんなことを考えていると、不意にその言葉が消え去り…辺りはしんとした静けさに満たされていく。

 僕は…ぎゅっと手を握りしめてから、恐る恐る目を開く。






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