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□ハジメテノオト
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 そう真剣な瞳で言われると…断りにくいじゃないか…と口を結ぶ。話を聞いているのか、いないのか…それでも彼の手の上のそれは不安そうな…否、虚ろな表情のまま神乃木を見つめている。

 よく見ると、かわった髪をしていた。艶やかな黒髪は兎も角として、それは全て後ろに鋭角に突き出している…言うなればとがっていて…来ている服はブルーバードという名前にちなんだのか、青のシャツに青の半ズボン。年の頃で言えば10歳くらいの少年という設定なのか、とがった髪に一筋だけ…間違って塗料がついたのかと思うほど鮮やかな濃いピンクのメッシュのようなものが入っている。

「そのピンクのところに触れてみて」

 そう言われて、こめかみの上にあるそれに触れる。

 すると不思議なことに、先ほどまで神乃木が見ていた画面の中に、彼の操作状況などが浮かびあがっていた。

「マスターになれば、全部口頭で言えば実行してくれるらしいんだけど、マスターが不在の場合はパスがいるんだ」

「…直人、待て。マスターって言うのはなんだ?」

「ああ、この子達のご主人様のこと。VOCALOIDは専属の歌姫だからねぇ〜それに、親父がファティマのファンだから…」

「何だ、そのファティマっていうのは…」

「んー…簡単に言うならば、主人の手足になって献身的に働く、その人専用でその人の命令にしか従わないアンドロイドのことかな?あ、物語の話だよ?」

「…親父は一体何がしたいんだ?」

「さあねぇ?でも、僕が興味を持つのもわかるでしょ?ただ者じゃないんだって」

「…まあ、それはなぁ……」

「今さら親父を詮索したところで、わかんないけどさ。で、相談はここなんだって、荘龍」

 指差された画面には、おそらくはブルーバードの音楽機能が表示されている。ファイル管理の中に、音量やリピートなど、メディアプレーヤーでおなじみのアイコンが配列されているからだ。

 だが、そこの中に、一つだけあるべきものがない。

「…再生ボタンがない??」

「そうなんだよ…どうしてなのかわかんないんだけど、いくらプログラムしなおしてもダメなんだって。しかも、何故か初期化も聞かないらしくてさ…SONGBIRDならぬ、歌を忘れたカナリアって奴だね。以前は違かったらしいよ?特に赤いのとは良く歌ってたって親父も言ってたし」

「……で、お前は俺に何をさせたいわけ?」

「ここまできたら、わかるでしょ?荘龍〜」

 にやりと笑ったその男は、両手に抱えたその少年をぐっと神乃木の前に押し出す。

 促されるままに手を差し出せば、その子は不安そうに自分を見つめてくる。意識がないのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。感情の起伏がほとんど見られていないが、意識は…自我はきちんと動いているらしい。

「なんで…歌うことをやめちまったんだろうな?」

 神乃木の呟きに、彼は小さく下を向いたように見えた。

 まるでできないことを咎められた子供みたいに…涙さえこらえているようにも思えた。

 馬鹿な…とそう思いながらも、否定できない何かがその小さな体から押し寄せてくるようだった。

 隣でにこにこと笑う男の思惑通りになるのは癪ではあったのだが、今さら彼を捨てることなど神乃木にはできなかった。






* ごめんなさい…続きます…
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