カップリングで50のお題

□03:何処行った?
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「…やぁ、久しぶり」

 穏やかに微笑むその男に、懐かしさと同時に言いようのない息苦しさがこみあげてくる。

「元気にしているのか?」

「…見ての通りだよ。仕事もボチボチかな。突然くるからびっくりしたよ、前もって言ってくれれば…みぬきもビビルバー休んで待ってたのに」

 そう言ってから、彼は座りなよと半分荷物で埋まったソファを勧めてくれた。
 みぬきくんのものだろう、カラフルな色の奇妙な小道具たちをちょっとよけてから腰を下ろすと、キッチンからもどった成歩堂が珈琲の入ったカップを目の前に置いてくれた。

「突然来るから、紅茶なんてないぞ。まぁ、それはゴドーさんのブレンドだから、お前の肥えた舌にも合うと思うけど」

「神乃木氏は…よく来るのか?」

「よくってほどでもないけど、たまにね。彼にとってもここは…大事な場所だからね。それに俺も仕事でどうしようもない時なんかは、みぬきのことお願いしたりしてるんだよ…なんか、付け込むみたいで申し訳ないんだけどね。みぬきも懐いてて…」

「そうか……」

 口に含んだそれは、殊更に苦い気がした。

 仕事とは言っても…今はもう彼は弁護士ではない。何の冗談かと思ってしまうが、今の彼の職業はピアニストだというのだから、驚きだ。もっともピアノは弾けないというのだから、呆れてしまうのだけれども。ピアニストよりも謎めいた不敗神話のポーカープレイヤーというのも、彼らしいとはとても思えなかった。

 私の知る彼は、くるくると表情のよく変わる屈託のない男だった。

 胸のバッチと同じように…光り輝く向日葵のような笑顔をした、とげとげしい髪とは違って柔和な男だった。

「御剣?」

「…暑くないのか?真夏にその帽子は…」

「ああ…慣れちゃった…よ。もうずーっとかぶり続けているからね」

 彼がバッチを失ってから5年が経つ。事件を自分なりに追うつもりだと言い切った彼を、ずっと影から見守ってきた。できることなら私自身の手でもっと早くけりをつけてやりたかったけれど、彼は余計なことはしなくていいと頑なにそれを拒否した。

 それが彼に残された矜持だったのだろう。

 怒りや悲しみに閉ざされた心の最後の叫びのようにも思えたし、残されたたった一つの縁にも思えた。

 その時はどんな感情であれ…彼を奮い立たせるものであれば受け入れるつもりだった。

 だが…果たしてそれは正しかったのか…こ
うして彼を前にするとわからなくなってしまうのだ。

 彼が変わった…というのは酷だろう。あんなことがあって、変わらないでいられるはずがない。

 もう…かつての様にただ優しいだけではいられないのだ。

 現実がそれを許さない。

 彼に突きつけられ…そして彼を引き裂いたのは…目には見えない嘲笑という名の刃だったのだから。

「御剣?」





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