ANOTHER
□素顔のままで
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最近になって勝手知ったる他人の家状態になった御剣の家……
以前、ここには僕をさえぎるどーんと重厚なドアが立ちふさがっていたのだ。
多分、彼一人の稼ぎではなくて、有名な弁護士だった彼のお父さんが買ったものだろうけど、それはいわゆる庶民な僕を、十分威嚇するものだった。
だからだろうか…僕はなんとなくこの家には来づらくて。
やってきても玄関の前で御剣が帰ってくるのを、じっとまったりするぐらいしかできなかった。
「これ……」
そう言って、彼がこの鍵をくれたのはつい先日。
冬の寒空に彼を待っていて肺炎を起こしかけた馬鹿な友人を見過ごせないだけだと、彼は憮然とそういった。
それからはこのドアも、それほど難敵ではなくなった。
明かりがついてないときは、さすがにまだ緊張するけれど、寒い部屋に独りで帰ってくるよりも、暖かい部屋でだれかがいてくれたほうが嬉しいと思うから、少しは勇気をもって頑張ってみようと思える。
「お邪魔します…」
と、ドアに断って、その扉を開く。
誰もいないかと思ったのに、玄関先には糸鋸さんほどではなくても、使われすぎて少し痛んだ革靴が、几帳面に揃えてある。
「御剣いるの?」
リビングに明かりをつけようとした、そのときだった。
ソファに座って、こっくらこっくらと寝ている後ろ姿が月明かりに浮かんでいた。
「……寝てるの…か……」
明かりもつけないでいるから、てっきり留守だと思っていたのに。
仕事から帰ったばかりなのか、上着を放り、ネクタイを少し緩めただけの体制で、手に持っていた書類は何枚かが床に散乱している。
よく寝ているその顔も…どことなく以前よりも頬のラインがシャープになりすぎているような気がする。目の下にうっすらと残る隈も…
明かりも付けずにいるということは、帰ってきたのは、きっとまだ早い時間だったのだろう。
なのに、僕が入ってきたことにすら気づかずに、こんこんと寝ているところをみると、仕事がだいぶ厳しいらしい。
依頼がない限り、あまりすることがない僕とは違って、彼は次の事件が終わればまた事件。
弁護士よりもなり手の少ない検事の仕事は、そのぶんハードで厳しい。人手が少ないからという悪循環が、さらに検事の数を減らしているから、どうしようもない。
だから下手をすれば、事件をいくつも抱えて東奔西走なんてこともざら。
ましてや、名前の知れた彼のこと。
仕事の量だけでなく、質も求められるのだから、きっと相当ハードなのに違いない。
「あんまり無理すんなよ…」
僕が言った所で、どうしようもないのだろうけど。
それどころか…
「あー、この事件…御剣が担当するんだ」
御剣が握っていた書類の名前に覚えがある。
先日、国選弁護人として依頼がきた事件だ。
その書類の担当弁護士の欄には、きちんと僕の名前が載っている。
「また、対決だな…」
僕としては不本意だけど、検事の間では成歩堂は食いついたら離れない鼈だとか…どんな些細なことでもつっこんでくる諦めの悪いゴキブリだとか…言われているらしい。
もちろん、僕はその行動を信念を持ってやっているし、無実の人間を救うためならなんと言われても平気だし、むしろ勲章だとも思っている。
けど。
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