ANOTHER


□気まぐれアパート
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「相変わらず、汚い事務所だな」

 入ってきて早々に、彼はあきれたようにそう言った。

 先の事件で千尋さんがなくなり、真宵ちゃんが修行のため実家に帰ってしまった今、事務所を片付けてくれる人がいなくなり、散らかし専門の僕だけが残ってしまったから大変だ。

 一応、応接室だけは綺麗にしてある…というよりは、綺麗にするために立ち入らないようにしているから、物はない。

 御剣に応接室で待つように言うと、彼はまたあきれたような声になる。

「ここ…前に使ったのはいつだ?」

「えっ…と…一週間前くらい?」

 そういうと、大仰にため息をついてみせる。

 御剣の節ばった手が、つっとテーブルをなぞる。

 物はないが埃のかぶっていたテーブルに、指のラインが入る。

 御剣の指には、灰色の埃がこびりついていて…

「ごめん…」

「台拭きもってこい」

 ぶつぶつと文句を言いながら、それでも几帳面に掃除を手伝ってくれるその後姿に苦笑いした。

 前なら手伝いなんてしないで、『こんな汚いところにいられるか』と怒って帰ってしまうのが、普通だったような気がする。

 事件が解決してから、御剣は随分やわらかくなった。

 たまにだけど笑うようになったし、怒った様な顔のままではあったけど、冗談みたいなことも口にするようになった。

 あの凄いビラビラの服のセンスはポリシーなのか、いくら言っても変える事はなかったけれど、それでも以前の御剣とは違って見えるから不思議だ。

「少し、喚起するぞ。埃っぽくてかなわん」

 かちゃんとサッシの音がして、さぁっと風が吹き込んでくる。

 タバコを吸わないからあまり喚起に気もとめないため、入り込んできた風の心地よさにびっくりした。たまには、きちんと掃除して、こうやって風を入れて、人らしい生活をしないとと反省する。

「気持ちいいねー、御剣。もうちょっと開けてもいいよ」

「む…」

 その返事もどうかと思うようなそっけなさだったが、それでも窓は開けてくれる。

 熱くもなく寒くもなく…どことなく人肌の優しさの残るような風を中に入れる。季節の移り変わりを感じさせるような、少ししっとりとした空気に、ほっと息が漏れる。

「あ!」

 気まぐれな風が、さらっと御剣の前髪を揺らす。

 それと同時に、机の上に積んであった未処理の書類もまとめて吹き飛ばしてくれる。

「うわぁ!」

 ばっと舞い散った紙に、僕はあわてて窓を閉めた。

 とたんにパサパサと音をたてて床に落ちたそれは…もう、見るも無残。

 もともと、ちゃんと揃えてなかったといえばそれまでだが…この状態になると、もうため息しかでない。

「ちゃんと揃えてホルダーに入れておかないからだ。ばかものめ」

「その前にこうなっちゃたんだ!仕方ないだろう…」

「ずぼらだからだろう…作ったその日に整理するものだ、普通は」

 ああ言えばこう言う…しかも、裁判で鍛えた皮肉のきつさは言葉に限らない…口調、視線、しぐさ…。好きな相手だからこそ、素直に聞いていられるが、そうでなければその日のうちに喧嘩間違いなしだろう。

「……昔の御剣はもっとこう…かわいかったのになぁ…」

「何年前の話だ!子供時代にかわいいのは当然だろう。あぁ…まぁ、でも君は……」

「だから!そこでやめるなよ!」

「かっこよかったと言おうと思ったのだが?」

「うう……もう、いいよ…」

 床に散らばった書類を拾い集めると、裁判の記録に混じって、矢張がつくった変なビラが入っていた。

 結局、弁護代をもらうことはなかったけれど、その代わりに事務所の宣伝をしてやるよ!と親指立てた例のポーズで冷や汗流しながらやったのは、ビラ配りだった。

 まぁ…そのビラも、『貴方のお悩み解決します。困ったことがあれば何でも成歩堂法律事務所へ。どんな依頼でもお受けします』とか何とか書いてくれたから、かかってくる電話のほとんどが、僕のことを弁護士だとは思わず探偵か何かだと思っているらしい。法律事務所と書いてあっても、法律をかいくぐるほうだと思っているのか、中にはきな臭い依頼もないわけじゃなかった。

「ごめんね、御剣…」

「いやいい…私にも責任がないわけじゃない」

 一枚一枚、デスクの下に入ってしまったのに手を伸ばす。体を屈めて手を伸ばしながら、トンと背中同士が触れあう。

「あ、ごめ…」

「ム…いや…」

 振り向いた瞬間に、びっくりして息を呑む。

 予告もなしに、至近距離に彼の顔が身近にあって。

 同じように驚いたような顔をした御剣がいて、僕はその薄く開いた唇から目が離せなくなる。

 きりっとした眉にきつい印象を与える鼻梁。

 でも、まなざしは戸惑っていることを訴えるように揺れていて、そのアンバランスさに吸い寄せられる。

「成歩堂…」

「黙って…御剣」

 触れるようにキスをすると、彼も目を閉じてそれに応じる。

 拒否されないキスは、軽くてもそれだけで全身が満たされるような…そんな甘い幸せを僕に与えてくれる。






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