ANOTHER
□雲
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「ええっ?御剣が?」
大声を上げた僕を、周りの目が驚いたように見ている。
昼食でもとろうかと入った近くの吉野屋で、緊張感のない着メロがなった。覚えのない番号に戸惑いはあったが、弁護士という職業柄、急な連絡というものがないわけじゃない。そのときは、そのつもりだった。
『そうなんですよ!さっき、検事局を出たと同時に刺されて…今、救急車で搬送されました』
「そ、それで、御剣の容態は?…いえ、それよりも搬送先の病院を教えてください」
テーブルの上の紙ナプキンに言われた場所をメモする。OK大学病院…ここからなら、そう遠くない!
『それで、成歩堂さん??成歩堂さん?』
呼ぶ声は聞こえていたが、それどころじゃない。
店員にお金を押し付けて、おつりは募金しておいてと怒鳴って、僕はガラス窓の向こうへと飛び出し、止まっていたタクシーに乗り込むと行き先を告げた。
「OK大学病院!悪いけど、急いで!」
「馬鹿か、貴様は」
確かに…事の詳細を聞きもせずに、飛び出したのは大人の行動ではないかもしれない。
「仕事の詰ってる事務官に頼むよりも、暇なお前に頼んだほうがいいかもしれないと思っただけだったんだがな」
ため息をつく御剣の向こうで、看護師が笑っている。
腕を切られて何針か縫ったとはいえ、『救急車で運ばれた御剣怜侍の容態は?』と受付で怒鳴るほどの怪我ではない。
「悪かったよ…」
しょぼんとした僕に、御剣がまたため息をつく。御剣の傷の手当てを終えた看護婦が笑いをかみ殺しながら、そっと病室のドアを閉めると、そこには憮然とした御剣と頭を落とした僕の二人だけが残された。
「ごめん…ね?」
「なんだ、その『ね?』っていうのは」
「いや、御剣が刺されたっていうから、それだけで頭の中真っ白になっちゃってさ…余計な恥かかせただろ?」
僕が笑うと、御剣はますます不機嫌そうな顔になる。
「御剣?」
「いや…それだけ、君が私のことを心配…してくれたということなのだろう?」
「それは…そうだけど」
顔を上げた僕を見ないように、御剣は窓の外を見ている。
「心配かけて…悪かったな……」
今度は僕がため息をつく番だ。相変わらず、自分の感情を出すのが下手で不器用な御剣。
真宵ちゃんに教えてもらったって、俄かには変わらない。
だけどそれは、御剣が真剣にそう思っているから照れるわけで…それが御剣の心からの言葉なのだと、僕は実感できる。
それは上辺でさらりとかっこよく言われるよりも、僕の心には一番暖かく思えるのだ。
「御剣…」
「な、成歩堂……」
にこっと笑って、黙ってというサイン。それがいつも、僕らの合図だった。
誰もいないのに、きょろきょろとあたりを見回して、御剣はもう顔を真っ赤にして僕を見つめている。
「無事でよかったね」
心からの言葉を御剣の唇の真上で零して、あと少しの距離を埋めようとした…その瞬間。
「み、み、み、御剣検事ぃぃぃ!だ、大丈夫っすか!!!」
これだから給料下がるんだよ、この人は…
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