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□思いが重なるその前に
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「成歩堂…」

「どうしたの?御剣…なんだか、怖い顔をして」

 久しぶりに事務所に訪ねてきた友人を、僕は笑顔で迎えた。

 いつもなら僕がそう言えば、彼も微笑みながら僕の声に応えてくれるはずなのに、笑うどころか、何時もの様に思い悩むような表情のままで口ごもるから、僕はどうしたのかわからなくて小首を傾げる。

「御剣?」

「…成歩堂……」

 ようやく口を開いたかと思ったら、彼が口にした一言に、僕は驚いて…二の句が告げられなかった。

「…私と……結婚して欲しい」






 はぁ…と小さくため息を付く。

 がらんとした車内は始発電車ということもあってか、自分以外に誰も乗っている人はいなかった。都心から離れること2時間という場所であれば、恐らくは平日の昼間でもそんなに利用するものはいないのかもしれない。

 窓に映る景色を見ながら、ふと窓に反射している自分の顔を見つめる。

 ここ数日よく眠れなかったからか、うっすらと目の下に隈ができているのを見つけて、僕は再びため息をついた。

 真宵ちゃんが傍にいれば…幸せが逃げちゃうよ?なんて、笑ってくれることだろう。

 ため息の数だけ幸せが逃げていくのであれば、きっと僕の人生なんてどん底に違いない。

 いや、ある意味ではどん底なのかもしれない…好きな恋人に告白され、プロポーズまでされたのに、素直に受け取り、喜べないのがその表れだ。

『…な、何を言ってるの?御剣、本気…なの?』

『無論、ふざけて君にこのようなことを言うつもりはない』

『いや、でも…だって……』

『もちろん、君と養子縁組したいとまでは言わない…いや、君がそれでも構わないならば、私も覚悟は決めるが…』

『いい、そ、そんな覚悟しなくてもっ…だって、無理でしょ?お前…自分の立場わかってる?』

『当たり前だ。だから…事実婚でいい。週末婚とか言うのでもかまわない…だが、君の傍に永遠にいてもいいのだという…約束が欲しい……お互いにお互いの魂の一番近くにいようという…誓いが欲しいのだ…』

『み、御剣……』

 アイツのあんな不安そうな瞳を見るのは、DL6号事件が解決した時以来だったかもしれない。

 確かな決意を湛えながら…それでも揺れ動くのは不安とためらい。

 あのプライドの高い御剣が…誰かを…いや、僕をここまで求めてくるのなんて思わなくて、僕はひたすら彼を見つめることしかできなくて…

 結局その彼のプロポーズに、僕ははっきりとした答えを返すことができなかったのだ。

「…………」

 彼のことは好きだ。…おそらくは、愛しているのだとも思う。

 この世で一番僕を揺さぶり、そして狂わせるのは彼だ。

 彼の事を考えると…胸の中で眠る炎は急激に高まり、そして、その揺らめきは僕をいつも不安にさせた。

 これ以上、好きになったら迷惑をかけてしまうだろうと思いながら、歯止めにもならない歯止めをかけて、そうして僕はその気持ちをのらりくらりとやり過ごしてきたのだ。

 親友に戻れただけでもいいとさえ思っていたのに…贅沢にも彼の恋人という居場所をもらえた。

 だけど、欲深いことに『親友』ならば平気だったことが、『恋人』になると…平気じゃなくなることもあった。

 例えば、綺麗な子やかわいい子が御剣に送る熱っぽい視線とか、仕事が忙しいからと約束の時間に遅れたり、約束時代がなくなってしまうことだったり。

 以前の僕ならば、仕事だとか…御剣はかっこいいからと、苦笑いくらいで済んでいたはずなのに、それが上手くいかなくて。

 イライラしたり、悲しくなったり…自分でもかなり情緒不安定だと自覚していたから、だからこそ平気なふりをしなくちゃいけないのが、ちょっと辛くなっていて。

 だからこそ、距離を置いてきた。あまり近づきすぎて…自分の中の炎を、これ以上大きくしないように。

 彼に焦がれすぎて自分が死ぬならともかく、彼まで巻き込んでしまいたくなくて…だから僕は多くを望まないようにしてきた。

 今が一番幸せだと言い聞かせて…心に募る不安や苛立ちは、笑顔の下に塗り固めてきた。

 僕と恋人になったからと言っても、御剣は何も変わらなくて…その余裕がまた僕を堪らなくさせた。

 僕だけがどんどん彼を好きになっていってると思っていた。だから、悔しかったし、寂しくもあった。

 それなのに…結婚って……それって僕的にはどうなんだろう?

 御剣はどんなつもりで…そんなことを言ったのだろう??






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