* 57

□ハジメテノオト
1ページ/4ページ


 カタカタとキーを打つ音が、間断なく続いていた。

 狭い室内には無数の箱とケーブルがひしめき合っており、それは薄く光を入れているブラインドすらさえぎるようにして積まれているため、ただでさえ狭苦しく感じる部屋を余計に圧迫していた。

 BGMもなく、男はただひたすらに暗い画面を凝視している。

 流れていく文字は凄まじいスピードで、瞬き一つでも今自分が何をしていたのかわからなくなってしまいそうだったが、男は躊躇することもなく、まるでピアニストが鍵盤をたたくように、リズミカルな音楽を奏でるように、キーをたたき続けていた。

 まるで呼吸をすることも躊躇われるような集中力の中、ふいに男は顔を上げた。

 コンコンと軽快にドアをノックする音に、ずり落ちかけていた眼鏡を人差し指で押し戻す。

「…どうぞ」

「よ!荘龍〜!」

「…直人か、どうかしたのか?」

「なぁ、今ちょっと暇?」

「………この様子を見て、暇だって言うなら、やっぱりあんたの目は節穴だらけなんだろうぜ」

 眼鏡越しに、にこっと微笑む親友の名前を呼べば、だよねぇ〜と彼も笑った。

 納期は確かに明日だが、作業的にはあと2時間もすれば片付く作業だった。だが、もう2日も徹夜しているところに、こいつの話は脳に堪える。明日にしてくれと言おうとして、不意に彼が小さな何かを抱えていることに気が付いた。

「?なんだ?直人、それ?」

「あ、気が付いた…実は、相談ってこれなんだよね。ちょっと知り合いからもらったんだけどさ、俺の手には負えなくて。荘龍なら何とかしてくれるかなぁ…ってそう思ったんだよ」

 そう言って彼は、胸の前に抱えるようにしていた手をゆっくりと解く。

 その手の中にいたのは…手のひらの上に載ってしまいそうなほど小さな……小さな人型のロボットだった。

「荘龍、知ってる?VOCALOIDって」

「…確か、自分の作った歌を歌ってくれるソフトのことだろ?」

「それは昔の話ね。今はさぁ…こんな形してるの?すごくない?」

 そう言って彼が差し出したのは、高さ30センチほどの小さな人形みたいだった。

 ただ、その髪の毛や肌、瞳といったものは、本物の人間とかわらないほど精巧に作られている。アンドロイドというよりは、よりヒューマノイドに近いものなのではないだろうか?

 それに何より…表情が違う。

 包み込むように抱きしめられていた暖かな場所から、一転して見ず知らずの人間の前に引き出されたそれは…確かに怯えたような表情をしていたのだ。

「いや、これは…ただのVOCALOIDとは違うだろ??歌うだけとは…思えないな……」

「うん…まあ、実際はもっと人形っていうか…フィギュアっぽいけどね。これは最新作らしいよ。というか、俺の言ってる店の店主が…趣味でつくったものらしいんだけどね」

 そいつは一体何者なのだと言いたかったが、こいつのとんでもなく広い交友関係をいちいち説明されるのも面倒なので、深く追求はしなかった。

「これは、コードネームはブルーバード…って言うんだって。名前はなんかこの子達が勝手に自分たちでつけた名前があるみたいなんだけど…」

「?なんだそれ…AIでも入ってるっていうのか?」

「親父は当たり前だろう!って怒鳴ってたけどね。あ、ちなみにロボット3原則も余興で入れたって」

「………じゃあ、こいつらには人工知能と疑似自我みたいなもんが入ってるわけだ…」

「俺は専門外だからよくわかんないけどねー、ソフトは苦手だし。得手はハードだから、体のメンテナンスってならできるけどさ、だから荘龍のところにきたんじゃない。得意分野でしょ?」

「…だから、前々から言ってるように…面倒だからって全て俺に押し付けるのはやめろ」

「それに、この子だけなんだよね〜歌わないの」

「は?」

「どこまで本気なのかわからないんだけど、親父は3体のVOCALOIDをつくったらしいんだよ。信号機シリーズとかで」

「…はぁ……………で?」

「赤と黄色はそれぞれご主人様を得て旅立ったっていうのに、この子だけ…マスターも作れなければ、歌えもしないんだって。プログラムは一緒なのに、わからないんだってさ…だけど、歌えないVOCALOIDじゃどうしようもないからって、親父が廃棄するっていうから、だから連れてきたんだよ。お前なら……この子なんとかしてやれないかと思って」





*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ