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□FLAME
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あの人は、いつも僕の心に火を灯す…
彼を思う時はいつも、そう思っていた。
かつてのような皮肉な笑みではなく、僕に向けられる柔らかな笑顔、優しい眼差し。
僕の全てを包み、癒してくれる両手は同時に、僕を翻弄し剥き出しにする凶暴さも秘めていて。
彼に暴かれた僕自身は、思わずいたたまれなくなるほどあからさまで、ちっとも理性的なんかではなくて、我がままで…欲張りで。
法律どころか、モラルのかけらもないような……どこまでも貪欲になる自分が酷くいたたまれなくて…でも、その強引な強さもぬくもりも嬉しくて、たまらなくて。
そうしていつもいつも、あの人の腕の中で、また一つ違う自分の殻を脱ぎ捨て、生まれ変わる。
「…ゴドー…さん?」
「ん?…なんだ、まる?」
「…まるって誰ですか!僕は成歩堂ですって…」
子供みたいにぷうっと頬を膨らませると、彼は小さく口の端で笑った。
ちょうどいい頃合の名前じゃねぇのか?なんて憎まれ口を言って、不貞腐れた僕にそっと触れるだけのキスをくれる。
そんなお子様のキスだけに、余計に僕をからかっているのがわかって、僕は彼のマスクをじっと睨みつけた。
「ん?なんだ?まるほどう」
「っ!…な、なんでもないです!」
顔の半分も覆い隠すような大きなマスクを付けていてさえ、未だ彼の世界に赤はない。
何時もは思い出すだけで心が冷えていくそれだけど、こんな火照った頬を見られることがないのだから、この時ばかりは都合がいいと思ってしまうなんて、僕は本当に度し難い。
彼の広い家…そこにどっしりとおかれたソファはゆったりとしていて、決して小さくはない男二人が抱き合っても窮屈さは感じさせない。その上でぎゅっと彼に抱きしめられながら、僕が考えるのは小さな棘だ。
そう棘…そうとしか言い様のないキモチだ。
僕の中に突き刺さって、何時までも抜けない。
それでいて痛みは軽度だから、荒療治をしてまで抜くには至らなくて、いつもは見ないふりをしてしまうのに。
でも、それは確かに存在する。
一生消すことができないだろう…背徳感として。
ちくりちくりと、胸を刺す。
「おい…何を考えてるんだ?あんた」
ふっと、上から降りてきた言葉に、僕は小さく首を振った。
何も考えてないとは言えないけれど、どう説明していいのかはわからなかった。
この気持ちは複雑で…僕にも全く掴み様がない。
ただ、目を閉じると僕には見える。
小さな…ふっと揺らげば消えてしまいそうな本当に小さな炎が。
だけど、それは…僕の中で強く紅い焔となって燃えている。
僕の心の中の棘を炙りながら、それでもそれは僕の総てを突き動かす熱になる。
――――…貴方が好き
言葉にはしない代わりに、そっと手を伸ばして頬にキスをすれば、またちくりと僕の心を棘が刺す。
だから、ぎゅっと抱きしめて欲しかった。何も怖がることなどないのだと…そして、彼がそばにいるのだということを、ただ感じたくて。
伏せたまぶたにふと…暖かな吐息が落とされる。
そして、とても優しく…そっと抱きしめられる。
彼は何も言わなかったけれど、その温もりに僕はほっと息を吐く。
…ああ、やっぱり、この人だ。
僕の心に火を灯し、消えない痛みと熱を注いでくれるのは。
「…ゴドーさん……」
ぎゅっと握り締めた両手の中に手の中に、小さな小さな炎が宿る。
どうかいつまでも…と、僕のささやかな祈りを灯して。
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