カップリングで50のお題

□03:何処行った?
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「あ…いや、なんでもない」

「……久しぶりに会ってまた実感しちゃった?」

 くすっと哂う彼に、自然に眉がよる。嗚呼、こんな風に…笑う君ではなかったのにと。

「情けないよねぇ…わかっていても、もう、僕にはどうすることもできない」

 肩を竦めた彼は、足元に置いていたグレープジュースの瓶にそのまま口をつける。とろりとした紫色の液体が、つっと一筋口の端から零れて、それを手の甲でぬぐう姿に目を奪われる。

 私の視線に気が付いて、彼は静かに微笑むが…その細められた瞳は虚ろで…それでいて淫らな情緒を秘めていた。

「っ…事件はどうした!」

「…ああ、事件?………そうだねぇ…」

 にやりと微笑んでから、彼は天井を見上げる。

「ちょっと……どうでもいいかなぁ…なんて思ってるって言ったら?」

「成歩堂!」

「…別にどうだっていいだろう!だって今さら、僕に何ができるって言うんだっ!」

「…っ、戻ってくるんじゃなかったのか!もう一度、あそこへ!そんな君は何処に行ってしまったんだ!」

「お前にっ……お前に何がわかるっていうんだよ!」

「成歩堂!」

 彼の手から離れた瓶は、床に跳ね返って甘すぎる芳香を漂わせる。
 勢いのままドアを開けて外に飛び出す彼を、私も慌てて追いかける。事務所のカギは気になったが…どうせ盗まれて困るものは以前のまま埃を被っている法廷記録くらいだろう。
 その棚には依然、なくなったら大変だからとカギをかけていたのを思い出して、彼の後を全力で追いかける。

 どこに行ったのかは…わかっていた。

 今までも何度も、彼が激情を抱えたまま飛び出した先は、近くにある公園だった。

 彼の師である綾里千尋が亡くなった時も。

 私がいなくなった後も…彼は独りそこの公園のブランコに揺られていたと、教えてくれたことがあったからだ。

 昔はよく体力づくりのために走ったりしたこともあったが、今では日頃の繁多にかまけてトレーニングをさぼっていたため、簡単に息が上がってしまう。今度は出先でもジムに通うことにしようと思いながら、公園の石柱を手に息を吐き出す。

 思った通り…小さな水銀灯の明かりの下、頭を抱えて俯く彼が、小さなブランコの上にいた。

「…っ…来るなよ!見るな!」

「……成歩堂…」

 小さく嗚咽を零して、くぐもった息が耳に入る。

 揺れる小さな肩を…ただ抱きしめたいと、そう思った。

 だが、それはできない。してはいけないのだ。

 あの日にも最後の最後で彼を支えた…小さな矜持が僕に触れるなと叫んでいるように思えた。

 ここぞという時に強情で頑固で、こうと決めたら引き下がらない彼。

 15年という年月をかけてまで、彼は自分を追いかけてきてくれたのに…不安なのは自分だけじゃない。彼もまた…痛みと不安を抱えながら無為な日々を戦っているのだと…今さらながらに実感する。

 無力な自分。

 情けない自分。

 みぬきくんと居る日常では彼女の明るさによって薄れてしまうその感情を、私の存在が揺さぶってしまうのかもしれない。

 何処へ行ったなんてよくも言えたものだ。

 彼は何も変わっていない。愚直なまでに日々を戦う彼の本質は…何にも損なわれてなんていない。

 多少の姿かたちが変わったとして、その燃えるような激情は…かつての彼の瞳に宿る静かな炎…そのものだ。

 何処にも行ってなどいない。

 ちゃんとここにいる。

 ここにこうして…泣きながら、まだ生きているのだと叫ぶように。

「…成歩堂」

「御剣っ!」

「バカな男だな…君は」

 立ち上がり私を抱きしめ、肩口に顔を埋める君に私は苦笑いを浮かべて…その震える体を軽くポンポンと叩く。

 まるでまだ小さかったあの頃みたいに。



 変わらない君は……今、ここにいる。





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