Dream
□Triangle
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Triangle
*
「ただいま〜って、アレ…?」
仲良しのお友達の伊織と一緒に、晩ご飯を食べたりと、遊んで帰って来て直ぐ、
最早口癖にもなってしまっている様な一言を口にすると共に、
私は、いつもとは違う違和感に首を傾げる。
…何だか今日は、靴が少ない様な…それに…
普段は玄関一杯に、所狭しと置かれた何足かの靴が全く無いのとそれと、
“お帰りなさい〜”
と出迎えてくれる、優しい笑顔の廻君に、にこにこと笑う晴人さんとの姿も無い事に気が付く。
…何だ、今日は誰も居ないのかな…
皆と過ごすこの空間にすっかり慣れてしまっていた私は1人、シュンと肩を落とす。
理さんは、居ない事も多かったりで、何をしてるかよく分からないし、それから…
私はそっと、大切にしているネックレスへと右手で触れる。
そう、この毎日肌身離さず付けている大事なネックレスは…
付き合ってもうすぐ、1年が過ぎ様としている、大好きな人、
翔さんからの、初めて一緒に過ごした誕生日に貰ったプレゼントで…
それから、クリスマスにバレンタインと、恋人達の記念日を過ごす度に増えて行く、
翔さんから貰ったブレスレットにピアスと…
ああ見えて、意外と独占欲の強い翔さんからプレゼントされた物をいつでも身に付けて、
“これでお前はいつでも俺だけのな…?”
…何て、不敵にだけど優しく微笑まりたり何かして…
そんな、幸せな瞬間を思い出しながら、ついつい1人でふふっと笑顔を零すと、
履いていたヒールを脱ぐ為に下を向いて、顔を上げたその瞬間に、
「アンタに…コレ…」
一体いつからそこに居たのか、ボソリと一言だけそう呟いて、何かメモの様な紙切れを私に渡して直ぐに、
フイッと背中を向けてスタスタと部屋の方へと歩いて行く、志貴君の姿が有って…
「…?」
一体、これは何だろう…?
そう、不思議に思った私が志貴君から渡された、小さな紙切れをよく見ると、そこには、
“足湯巡りの旅に行って来ま〜す!お土産、楽しみに待っててね!”
と書かれた、廻君の、整った綺麗な文字の一言と、それから、
“俺ってば、ケロちゃんのお散歩に行って来るよ〜♪”
と言う、晴人さんの何だかよく分からない…多分ケロちゃんと晴人さん?のイラスト付きの一言と、
“今夜は…帰らないよ…?”
何て書かれた、理さんらしい線の細くて達筆な字に、今日も又違う女の人の所かな…何て思って、
苦笑を浮かべると、私は、さっき、翔さんからの電話で、
“ちょっと急な仕事が入って立て込んで…今日は帰りが遅くなる”
と言われた事を思い出し、ハッとする。
…って事は、今日は、志貴君と2人っきり…?
志貴君と言えば、さっきは一言だけどちゃんと喋っていた物の、口を開けば、
“眠い”、“寝る”とか、
“うざい”、“…ヤダ”とかの、たった一言だけをボソリと言うだけで、
今までに、ちゃんと会話らしい会話をほとんどした事が無くって…
「あ、そう言えば…」
前に1度だけ、志貴君が欲しがっていた、コンビニ限定の食玩を偶然見付けて渡した時には、
初めて見る、いつもの不機嫌でどこか眠たそうな表情では無くって、
小さい子供みたいにパァッと顔を輝かせて、嬉しそうにしてたっけなぁ…
そんな事をふと思い出しながら、
こんな事なら、今日も何か食玩を買って来てたら良かったなぁ、何て思いながら、
…ちゃんと会話が続くかなぁ…?
と、正直ドキドキしながら、リビングへとそうっと歩いて行って、ヒョコッと顔を覗かせると、
こたつに入って丸まったまま、黒い眼鏡をかけたそのままで、
すぅ〜っと小さな寝息を立てている、志貴君が居て…
「し、志貴君ダメだよっ、こたつで寝たら風邪引いちゃうよ…っ!」
そう言いながら、慌てて、志貴君の体をゆさゆさと揺さぶると、
「…ん…?あぁ…」
何だか少し寝ぼけているのか、眉をひそめる志貴君は、
「お腹すいた…けど、もう何も食べる物が無い…」
そう言いながら、又、もそもそとこたつへと潜って行こうとしたりして…
「えっ、志貴君、ちゃんとお昼ご飯食べたっ?」
今はもう夜も遅くて晩ご飯の時間だけど、
“電車…嫌い”とか、“人ゴミ…嫌い”とか何とか言って、
極端に外へ出る事を嫌がる志貴君の普段の様子から、心配になった私がついついそう訊ねると…
「ん…みかん…」
そう言って、こたつの机の上にある、皮だけになった2つのみかんを指差しながら、志貴君がそう言うと、
「お昼ご飯はみかんだけなのっ!?」
何て、余りにびっくりし過ぎて大きな声を出してしまった私に、志貴君がビクッと肩をすくめる。
「だから…今日はもう寝る…」
空腹を寝てしまう事でごまかそうとしているのか、
それ共、それ程までに志貴君にとって寝ると言う事は大好きな事なのか…
そんな事を、頭の片隅で考えながらも、再び眠りに着こうとする志貴君をゆさゆさ揺らし、
「もうっ、だから志貴君、こたつで寝たらダメだってば…!
お腹空いたなら、今から私が何か作るから…ね、何がいい…?」
私が必死にそう言うと、志貴君は、寝ぼけ眼だった目を一瞬驚いた様にパッと開け、
「…なら、アンタが作った味噌煮込みうどん、食べたい…」
そう、ポツリと小さく呟いて、もそもそと動いてこたつに顔を隠していたりして…
「うんっ、分かった、ちょっと待っててね…!」
一瞬、志貴君の真っ白く透き通る様なその肌の顔色が、赤く染まった様な気がした物の、
ぬくぬくとこたつで温まって、暖を取る志貴君を横目でチラリと見ながら、
“気のせいだよね?”と自分で自分に言い聞かせる様にと思い込み、
エプロンを着け、私はキッチンへと向かう。
…それにしても、珍しいな…
いつもだったら、自分が出かけて居ない時でもちゃんと、
志貴君の分のご飯を作って置いて行く廻君の普段との違いに、
私は数日前にした、廻君との会話を思い出す。
…あ、そっか、ずっと行きたいって言ってた秘湯の温泉が有る場所の足湯に行けるって言って、
廻君、すごく嬉しそうに楽しみにしてたから、
だから今日は、忘れちゃったのかな…?
廻君の心から幸せそうな笑顔を思い出し、ついついつられて思い出し笑いをしながら、
私は冷蔵庫の中から取り出した、野菜や様々な材料をまな板に載せ、次々に小さく切り刻んで行く。
…志貴君、相当お腹空いてるだろうから、早く作ってあげないと…
普段、皆のご飯のお料理担当は、私では無く廻君だけど、
前に1度だけ、廻君が体調を崩してしまって熱が出てしまった時に、
皆に作ったのが、今日志貴君にリクエストされた、この、味噌煮込みうどんで…
…アレ、でも、確かもう1年位前の事の様な…志貴君よく覚えていたなぁ…
何て事を思いながら、慣れた手つきで、切り刻んだ食材を、お鍋の中へと入れながら、
“志貴は…アイツは弟って言うよりも、むしろ子供だな…いや、子供って言うよりも大きな黒猫か…?”
そんな事を言っていた翔さんの言葉を思い出し、
…確かに、志貴君って華奢で色も白くって女の子みたいだし…
翔さんが子供って言ったり、あまり人に懐かない感じが猫っぽいのも、分かる気がするなぁ…
と、1人でうんうんと頷いて、納得をする。
私よりも年上で、しっかりしていてお仕事も何でも完璧にこなす大人の翔さんとは違って、
志貴君は年も近い事もあってか、私からしても、弟と言うか何て言うか…
黒い眼鏡でいつも眠たそうな志貴君は、確かに黒猫その物みたいで。
そんな事を1人で色々と考えながら、着々とお料理を進めて行って、
ぐつぐつとお鍋の中のお味噌や最後に入れたうどんが煮立って行って、
美味しそうな香りがキッチンいっぱいに漂うのを見て、味の確認もした私は、
「志貴君お待たせ〜、味噌煮込みうどん、出来たよ…?」
そう言いながら、鍋掴みを使って、鍋敷きをひいたその場所へとお鍋を置いて、
テキパキと、志貴君の使う、取り皿の小皿や、れんげやお箸を用意すると、
「ん…あり、がとう…」
相変わらず、極度の寒がりなのか、
それ共1度入ったこたつの心地良さにもう動きたくなくなってしまったのか、
それこそ猫の様に華奢な体を丸めてぬくぬくと温まっている志貴君が、
ポツリと一言、小さな声でそう呟いて…
「はいっ、志貴君、出来たてで熱いから、気を付けて食べてね?」
もうここまで来たら、お姉さんと言うよりも、お母さんに近い様な気持ちで、
「…ん」
とだけ、返事を返す志貴君に、私はにっこりと笑顔を向ける。
そうして、よっぽどお腹が空いていたのか…それから猫舌なのか、
何度かふぅふぅと息を吹きかけて冷ましながらも、
一生懸命に、私が作ったばかりの料理を口に運ぶ志貴君を見ながら、
「ふふっ、志貴君、眼鏡が湯気で真っ白になってるよ…?」
丸でテレビで良く見るコントかの様なその光景に、私が思わず声を出して、あははと笑うと、
「でもコレ無いと全然何も見えないし…でも今真っ白で、何も見えない…」
暖かいこたつに入って暖かい食べ物を食べて、
熱くなっているのか少し顔が赤くなった志貴君が、ゆっくりといつもかけている黒い眼鏡を外す、と…
…うわぁ…
よくよく考えれば、いつも、会話らしい会話を交わした事も無く、
一言二言“眠い、から寝る…”そう小さな声でポツリと呟いて、
自分の部屋へとこもってしまうその志貴君の、黒い眼鏡を外した姿を見るのは初めてで…
…志貴君の目、大っきくて透き通ってて、キレイ…
なんだか本当に、吸い込まれてしまいそうになると言う表現がピッタリな、
紫色のその瞳に、ついつい心が奪われ、
じっと志貴君の顔を見つめてしまっていると…
「…何?」
少し不機嫌そうな声が耳へと響き、私はハッとする。
「あ…っ、ううんっ、ごめんね、志貴君の顔ジロジロ見たりして…
あ、そのっ、眼鏡外したの初めて見たから…志貴君、目、大っきっくて、良いなぁ…何て…」
しどろもどろになって、少し早口目で話す私に、志貴君は、どこか訝しげな瞳で私の顔をじっと見る。
「志貴君って、その…色も白くて腕も細くて華奢だから…
眼鏡外すと、更にこう、女の子みたいだなぁって…」
何て慌てた私はついつい思っていた事をそのまま包み隠さず、志貴君へと言葉に出して伝えてしまう。
「…女みたい…?」
そしてその時、志貴君の口から聞こえた今までに聞いた事も無い様な低い声にハッとし、私は、
「あ…っ、志貴君ごめんね…でもその、これは誉め言葉と言うか、その…!」
きっと志貴君だって男の子なのに、
女の子みたいだ何て言われて良い気分にはならないだろうなと、少し冷静になりかけた頭の片隅で、
それは余りにも突然で…私の思考回路が直ぐに止まってしまう様な出来事が訪れる…
「志貴、君…?」
気が付くと私は、志貴君の白くて細いその腕に、グッと手首を掴まれていて…
「あ、の…えっと…?」
頭が全く回らなくって、何が何だか分からない私の頭上に、
変わらずに低い、ドコか怒った様でいて、それでも何だか切な気な志貴君の声が響く。
「…コレでも…そう思う…?」
その声と同時に、掴まれている手首に更にグッと強い力が込められて…
「…っ!」
痛い気持ちとそれから、志貴君のその細い腕からは全く想像出来ない力の強さに、
女の子何かでは無い…ちゃんとした、
しっかりとした男性なのだと言う事を志貴君自身も伝えたいのか…
「志貴君…」
失礼な事を言ってしまって、早く謝らないとと言う気持ちとそれから、
この状況に、どうしたら良いのか分からない私の掴まれたままのその手首で、
一瞬、シャランと…翔さんから貰ったブレスレットが小さく音を立てる。
「あ…」
このブレスレットをプレゼントしてくれたあの瞬間の、
いつもは俺様で上からな翔さんの、珍しく照れて赤くなった優しい表情を思い出すのと、同時に…
何かに気が付いた様な志貴君が、掴む手首を緩めないまま、ポツリと小声で口を開く。
「…コレ…翔さんから貰ったの…?」
眼鏡を外した志貴君の、紫色の澄んだ瞳にじっと見つめられ、
嘘を付く事等出来ない私はただ、コクリとだけ小さく頷く。
「コレも、コレも…全部、翔さんから…?」
コレと言われるその度に、志貴君の目線は、私の胸元でキラリと光るネックレスとそれから、
耳元に付けられている小さなピアスへと移される。
「…うん、そうだよ、志貴君、だから…」
お願い、その手をもう離して…?
そう何とか言葉を続け様とした瞬間に、
シュンと悲しそうに目を伏せていた志貴君の真っ直ぐとした視線が私へと向けられる…
「…ソレ、取って…」
それは余りにも小さな震える声で…一瞬、聞き逃してしまいそうになってしまった私が、
「え…?」
と、思わず、志貴君へと聞き返すと…
「今、俺と2人だけの時だけ…ソレ、取って…?」
紫色の透き通ったその綺麗な瞳から、丸で一粒の涙でも零れてしまいそうになるかと思う位に、
切なく苦しげに歪んだ志貴君の表情と、
心の奥底の深い部分から、絞り出すかの様にして漏れて聞こえて耳へと響く、震えた様な小さなその声に、
「…志貴、君…」
そう一言だけ、何とか呟く事だけで精一杯な私の心は…切なく揺れる志貴君の悲し気な瞳や声と一緒に、
“亜輝…好きだよ、大好きだ…”
心にいつでも優しく響く、大好きな人のその存在の…翔さんのくれた大切な言葉が思い起こされると同時に、
ホンの一瞬、本当にわずかなほんの少しだけ…
私の心は、今にも泣き出してしまいそうにも思える苦し気なその表情の、紫色の瞳のその人へと、
揺らぐ心を気持ちを、想いを…傾けてしまいそうになってしまっていたの…
…でも、まさか、そんな2人のやり取りを、
開いた扉のその先で、誰かが見ていた何て事は知らずに、気付かずに…
××After Happen××