Working girl

□ドジッ子☆パニック
1ページ/1ページ



掃除のお姉さんの標準装備は、白いエプロンに長いモップ。そして銀色のバケツに一枚の雑巾、なわけだが、今の鈴は筆を片手に机に向かって凄まじい速さで書類に何かを書いていた。目の前には同じく筆を片手に書類書きをしている小松田がいる。

「小松田さんまた字が間違っています」

「え…?あぁ!本当だ!」

書類から目は離さず字を書く手も止めずに鈴は小松田の間違いを指摘する。これで指摘した回数は五回目だ。小松田は涙目になりながらも新しい紙に一から書き直し始めた。


何故掃除のお姉さんの鈴が事務仕事をしているのか?それを知るには数刻前まで遡(さかのぼ)る。今日も鈴は真面目すぎるほど真面目に学園内を掃除していたところ、事務室から吉野先生の切羽つまった声が聞こえた。その声を聞いた瞬間に鈴は事務室まで全力疾走した。仕事の匂いがプンプンしたのだ。

事務室に駆けつけると案の定、小松田が例によって吉野先生に怒られていた。鈴は最初、彼を優秀な忍者かと思っていたがそんな像は初日にもう崩れ去っていた。

「失礼します。お仕事の匂いがしたので来ました」

「あっ音無さんこんにちは〜!」

「小松田くんっ貴方は今怒られているんですよ!?何を呑気に挨拶しているのですか!あ、音無さんこんにちは」

「吉野先生、小松田さんこんにちは」

話を聞くと小松田の今日で終わらせなければならない大量の書類がまったく終わってないそう。それは、ほぼ終わり間近のところで小松田が誤って墨を完成していた書類全部に溢してしまったからだ。

鈴の仕事レーダーがビンビンと反応した。すかさず自分も手伝うと名乗り出た。鈴のその申し出に小松田は目を輝かせたが吉野先生は怪訝な顔をした。面白い顔がさらに面白いことに…なんて鈴が言うわけないのだが。

「音無さんは自分の仕事をまっとうしなさい」

「失礼ですが吉野先生、私は仕事に関しては人一倍の誇りを持っています。そんな私が仕事を投げ出すなんてもったいないことは絶対しません。もったいないオバケがきちゃいますよ」

「えぇ!オバケがきちゃうんですか!?」

「「小松田さん/くんは黙ってください/なさい」」

「しゅん…(´・ω・`)」

「仕事は決して手を抜かず早めに切り上げてきます」

鈴のその迫力に押された…というより若干引いてしまった吉野先生は「わ…分かりました」と了承した。了承を得た鈴は脱兎のごとくその場を走り去り仕事に戻った。吉野先生の、廊下は走らない!という声は鈴には届かなかった。


そして今に至る。依然として小松田は真面目に書類と向き合っているが間違いが耐えない。今日一日分の仕事を言葉通り早めに終わらせ事務室に来た鈴はそんな小松田をフォローしつつ倍の速さで書類を仕上げていった。失敗しても頑張るのは彼の良いところだ。外はもう暗く、蝋燭を灯さなければいけない時刻に差しかかっていた。鈴と小松田、二人で談笑しながら作業を進めていた。

「それにしても音無さんって忍者みたいですよね!」

…なんだろう。前に同じようなことを言われた覚えが鈴にはある。そんなにこの学園は自分を忍者にしたいのか。ハッ…もしやこれは遠回しの勧誘か。相手をヨイショしといてその気にさせ学園に入らせようとする…。

「さすが忍者…。ですが私は忍者に興味はありません」

「忍たまも?」

「関わっていませんから」

「へぇ〜でも音無さんはきっとこれから仲良くなるんだと思います!」

根拠はないが自信満々に言う小松田に鈴は「そうですか」と素っ気なく返事をするだけだった。




「小松田さんこの書類とこの書類の住所が反対になっています」

「うわあぁ!またやっちゃった〜」

あれからもう夕食の時間も過ぎた頃。合計六回目となる間違いをした小松田は慌てて書き直そうとする。と、自分の肘で硯をぶつけて墨を落としてしまった。

「あっ…」

仕事中は動体視力が高い鈴によって硯はとめられ被害は最小限に抑えられたが少し出来ていた書類に墨がかかってしまった。ついでに鈴の手にも。それを見て顔を真っ青にする学園きってのドジッ子小松田秀作。貴方は天才かと鈴は言いたくなった。

「貴方は天才ですか」

「音無さん…口に出ています…」

「これは失礼しました」

「…すみません僕のせいで…こんなに手伝ってもらってるのに失敗ばかりして。僕は駄目な人間ですよねうわあぁん!」

ついに机に臥せって泣き出してしまった小松田に鈴は泣く暇があるならば仕事をすればいいのにと思ったが、まだまだ仕事というものに慣れていない頃の自分を思い出してもいた。泣く小松田の肩に手をのせ声をかける。小松田は涙を拭わずに顔をあげた。

「こんなに頑張っている人が駄目な人間だと誰が言いますか。そんな人は私が叱ってやりますから、ほら小松田さん元気を出してください。そして仕事してください」

そう言って鈴は駄目になった紙を捨てる。鈴に励まされた小松田はみるみるうちにいつも通りの愛される笑顔を見せ、「はいっ」と良い返事をして再び机へと向かった。こんな笑顔を見せられたら誰でも許してしまいそうだ。ある意味鈴より世渡り上手だ。残りの書類はあとわずかだし今日中には終わるだろう。




数刻後、色々あった書類作業も終わりを迎え小松田は最後の紙の上に慎重に筆を置いた。それを鈴が向かいでじっと見る。

「それで最後ですから心してやってください」

「はっはい…!」

手が若干震えながらも小松田は丁寧に書いていく。最後の文字を書き終わり、ふぅ〜っと脱力をした。

「終わった〜」

「良かったですね」

小松田が感動に浸っている間にも鈴はてきぱきと完成した書類の束をまとめ封筒に入れた。これで自分も仕事が終わり満足だ。墨やら筆やらの片付けも済んで、仕事がないここにはもう用はないから早々に出ようと小松田に挨拶をした。そんな鈴を小松田は慌てて引き留めた。

「ま、待ってください〜!」

「何か?」

「音無さん行動が早すぎですよ〜…じゃなくて、えっと、今日はありがとうございました!音無さんがいなかったらもうどうなっていたか…」

「こちらこそ素敵なお仕事の提供どうもありがとうございました」

「音無さんって優しいんですね!」

「…そんなこと言われたのは初めてです」

いかんせん鈴には表情というものが欠落している。本人が嬉しいときも、悲しいときも、びっくりしたときも、怒ったときも、ずっと真顔だ。ちょっとやそっとのことじゃ顔色なんて変わらない。そんな自分が優しいと言う人なんて今までいなかったのだ。今回だって、小松田だから優しくした節もある。失敗する様がとても昔の自分に似ていたから。

鈴の答えに小松田は「そうなんですかぁ?」なんて能天気に言う。この人と話していると何だかすべてがどうでもよくなってくる。

「ご用件はそれだけですか」

「あ、はい」

「そうですか。ではおやすみなさい。また明日」

鈴は綺麗にお辞儀をして足早に帰っていった。その後ろ姿を見て小松田はまたニッコリと笑って部屋へと戻った。




.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ